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傀儡2
「次は新橋 新橋です。お出口は右側です――」
電車の無機質なアナウンスが響くと、ヒーロー気分は呆気なく終わりを告げた。Twitterでやりとりをしているうちに、もう会社の最寄駅に着いてしまったのだ。
人混みに押し流され、やっとの思いでホームへ降りる。機械的に階段を駆け上がっていくのは、そうでもしないと行くべき方向に進めないから。一斉に溢れる足音が、私をいつもの日常に染めていく。
「国内初、新型コロナウイルスのヒト―ヒト感染確認――」
寒空の下、新橋ヒビノビジョンに映る文字が無機質なニュースを伝えていた頃は、もうずっと昔のことのように思える。
当初「風邪のようなもの」とされていたウイルスは、世界を一変させた。春になると、日本でも緊急事態宣言が発出され、入学式や入社式は中止。私の会社は全員リモートワークになった。
あんなに億劫だった通勤もいざなくなってしまえば、どこか物足りない気持ちになるから不思議だ。20年以上勤めた人間の性だろうか。
「外出自粛」といっても運動不足にならないようにしなければ。朝の通勤に当てていた時間にウォーキングを始めた。家の近所に桜並木があるが、見頃はもう終わってしまっている。朝も早いせいか人が少ない。満員電車の中とは大違いだ。
だが、マスクのせいで息が上がるのが早い。家を出てから20分ほど経ち、土手に差し掛かったところで、正面から犬の散歩をしている初老の女性が近づいてきた。スーパーの買い物袋をさげている。
私は咄嗟にパーカーのポケットに手を突っ込んだ。スマホを取り出して、Twitterに書き込む。
「マスクなしで出歩いてる人がいてびっくり。このご時世に非常識すぎる。他の人のことなんて考えてないのかな?」
許せない。どうしてルールを守らないんだ。マスクが品薄だから手に入らないのか? だったら自分で作ればいいじゃないか。
「ほんそれ」
「マスクしろよなー」
次々と返信が届く。みんな私を支持してくれる。なぜなら、私は何一つ間違えたことを言っていないから。
すれ違いざまに私は言った。
「マスク必須ですよ。ないなら、どうすればいいか自分で考えてくださいね」
女性は驚いたような顔で私を見上げた。返事はない。まるでZoom画面がフリーズしたかのようだ。きっと、ぐうの音も出ないのだろう。どう考えても正論なのだから仕方ないか。
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