傀儡2

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

傀儡2

「次は新橋 新橋です。お出口は右側です――」  電車の無機質なアナウンスが響くと、ヒーロー気分は呆気(あっけ)なく終わりを告げた。Twitterでやりとりをしているうちに、もう会社の最寄駅に着いてしまったのだ。  人混みに押し流され、やっとの思いでホームへ降りる。機械的に階段を駆け上がっていくのは、そうでもしないと行くべき方向に進めないから。一斉に溢れる足音が、私をいつもの日常に染めていく。 「国内初、新型コロナウイルスのヒト―ヒト感染確認――」  寒空の下、新橋ヒビノビジョンに映る文字が無機質なニュースを伝えていた頃は、もうずっと昔のことのように思える。  当初「風邪のようなもの」とされていたウイルスは、世界を一変させた。春になると、日本でも緊急事態宣言が発出され、入学式や入社式は中止。私の会社は全員リモートワークになった。  あんなに億劫(おっくう)だった通勤もいざなくなってしまえば、どこか物足りない気持ちになるから不思議だ。20年以上勤めた人間の(さが)だろうか。  「外出自粛」といっても運動不足にならないようにしなければ。朝の通勤に当てていた時間にウォーキングを始めた。家の近所に桜並木があるが、見頃はもう終わってしまっている。朝も早いせいか人が少ない。満員電車の中とは大違いだ。  だが、マスクのせいで息が上がるのが早い。家を出てから20分ほど経ち、土手に差し掛かったところで、正面から犬の散歩をしている初老の女性が近づいてきた。スーパーの買い物袋をさげている。  私は咄嗟(とっさ)にパーカーのポケットに手を突っ込んだ。スマホを取り出して、Twitterに書き込む。 「マスクなしで出歩いてる人がいてびっくり。このご時世に非常識すぎる。他の人のことなんて考えてないのかな?」  許せない。どうしてルールを守らないんだ。マスクが品薄だから手に入らないのか? だったら自分で作ればいいじゃないか。 「ほんそれ」 「マスクしろよなー」  次々と返信が届く。みんな私を支持してくれる。なぜなら、私は何一つ間違えたことを言っていないから。  すれ違いざまに私は言った。  「マスク必須ですよ。ないなら、どうすればいいか自分で考えてくださいね」  女性は驚いたような顔で私を見上げた。返事はない。まるでZoom画面がフリーズしたかのようだ。きっと、ぐうの音も出ないのだろう。どう考えても正論なのだから仕方ないか。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!