クルミの殻に包まれたクルミの殻

1/2
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

クルミの殻に包まれたクルミの殻

「もういいよ」  洗面台で身なりを整えていた汐海は鏡越しに俺を見つけると、隣にどけて場所を譲ってくれる。後ろから見ると特に際立つサラサラな髪の毛に鏡の端に映るぱっちりした目、低身長で童顔なのにどこか大人っぽい雰囲気を漂わせていた。服装がスーツなだけに余計にだろうか。 「ありがとう」  そんな汐海のことを、昔は煎餅のような人だと思っていた。  大学生のときの汐海はどこか人と一線を置くように接していた印象があった。友人との遊びを2回に1回は断っていたり、誰かの家で飲み会を開いても来ない。みんなと仲良くしていて特定の誰かを特別扱いはしない。それでも人気はあって、常に誰かと行動を共にしていた。とはいっても、俺は汐海と仲が良かったわけではない。付き合うまで一緒に遊んだこともないし、あいさつ程度の関係だから主観純度百パーセントなんだけど。  うぃぃぃいんと髭剃りが鳴く。耳に残るような音が好きではないが、肌が弱いため仕方なく電動を使っている。しゃりしゃりとするのはかき氷を食べている時だけでいいし。要は髭剃りがめんどくさいってこと。  左頬を先に剃っていると、鏡の端で睨むようにして俺を見つめてくる。口を固く結んで熱心に凝視している。俺とは目が合わない。だから毎回俺が気づいていることに気付いていない。たぶん、汐海はヒゲに触りたいんだ。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!