恋とカクテル

#1 カルーアミルク

　普段、私はあまりカクテルを飲まない。

　それこそハタチそこそこ、成人したての大学生の頃は、覚えたてのお酒で、ビールは苦手で、焼酎なんて全く駄目で、日本酒もワインも美味しさを知らなかったから、手頃で可愛らしくて甘くて飲みやすい居酒屋によくあるカクテルを飲んでいた。

　けれど二十八歳の私は、乾杯から三杯目くらいまではビール、そのあとはハイボール、日本酒と、甘くないお酒ばかり飲んでいる。

　なのに。

「ほのかちゃん、次何飲む？」
「あー…カルーアミルクで、お願いします」

　空のグラスに気づいた店主に聞かれて、甘ったるいカクテル代表みたいなお酒を頼んだ。

「可愛いもの頼むね」

　隣に座る彼がこちらを見て、目尻を下げる。
　私は静かに微笑んで、カルーアミルクに口をつけた。

　チョコレートとバニラの香りがふわっと鼻をくすぐる。

　久しぶりに飲むカルーアミルクはやっぱり甘いけれど、居酒屋で飲むよりずっと濃くて、お酒らしい味がする。

「デザートがわりにちょうどいいかなと思って」
「確かに。俺にもひと口ちょうだい」
「どーぞ」

　彼はグラスを私から受け取ると、ひと口、コクンと飲み込んだ。間接キス、なんて気にする歳でもないし、彼も絶対気にしていない。

　気にしているのは私だけ。

「うん、甘い」
「そんなわかりきったことを」
「やっぱりこういうのは可愛い女の子の方が似合うね」
「何言ってるんですかもう」

　可愛い女を演じているんです。
　無意味だとしても、甘いお酒が似合う女に見られたくて。

　彼は私が照れているのを察してか、優しく頬を撫でてきた。

「頬、熱くなってるよ、少し酔った？」
「酔ってません～気安く触らないでください～」
「ごめんごめん」

　彼は悪びれる様子もなく、拗ねた子供をあやすみたいに、「次会う時にケーキ奢るから許して」なんて言う。

　気軽にそういう事するところ、嫌いです。
　嘘、本当は彼に触られて嫌なところなんてひとつもない。

　私は黙って、またカルーアミルクをふた口飲む。
　先ほどより僅かに甘苦いコーヒーの味が強くなった気がした。

「瑠璃子さんも、甘くて飲みやすいからってよく飲んでたよ。実はビールなんかより度数高いのにね」

　カラン、と揺れる氷が彼のグラスを鳴らす。
　今日は瑠璃子さんの話題、出てなかったのにな。彼との仮初めデートの時間もここまでか。

　私は彼にバレないように、小さく小さく嘆息を漏らした。

　彼は今日も、私ではない女の人を思い浮かべて幸せそうに笑う。