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彼はとんでもないスピードで駆け抜けていった。
羽のような軽やかさで、しかし弾丸のような凶暴さで、真っ直ぐに。
僕がいくら腕と脚を動かしても、差はどんどん開いていく。まったく話にならない。くっきりと残る足跡を必死で追いかけても、彼はもうすでにゴールに到達していた。
なんで?
僕には意味が分からなかった。
同じ17歳。
同じ高校に入学して。
同じクラスで授業を受ける彼は。
僕とはまったく違う生き物だった。
「どうだった?」
「……すごかった。速すぎ」
「へっへーん」
膝に手をついて息を切らす僕に、正吾はわかりやすく得意げに胸を張る。
「本気だったろ」
彼は言った。
春風が頬を撫で、身体の熱を心地よく掬い取って流れていく。
「俺も本気で、お前も本気だった。ただ走るだけなのにさ」
正吾は涼しげな顔をして、やわらかな風に前髪を揺らす。
「だから陸上は面白いんだ」
確かに僕は本気だった。けど彼の本気には到底及ばなくて。
彼は別格の存在で、僕は彼になれる気がしない。
でも、もしも。
――あの背中に手が届くとしたら、そのとき僕は何になっているんだろう。
「僕、もっと速くなれたりする?」
「陸上部は自分の本気を底上げするトレーニングをしてるぜ」
彼は僕を見て、ニヤリと笑う。
「お前は絶対もっと速くなる」
コースを振り返る。そこには二人分の足跡が残っていた。
どちらが自分のものかなんて、明白だ。
「……そっか」
気付けば、僕は拳を握っていた。
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