燃える男

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その後男はよく店に来て服を買っていくようになった。こちらとしてはクソみたいなデザインの絶対売れない服が処分できてしかも売り上げにもなるので良いのだが気がかりなことが一つ。 「頼みますから、店で燃えないでくださいね」 「それはわからん」 酒井はカウンターから飛び出ると男の胸ぐらをつかんで、ついでにドアを勢いよく蹴り開けて一本背負いで男を店の外に放り出す。男はぶへ、と悲鳴を上げるが綺麗に受け身を取ってすぐに起き上がった。 「どんだけ燃えやすいと思ってるんですかこの店が。布しかないんですよ」 「しゃーねーだろ、自分でコントロールできないんだよ!客を外に投げんな!」 こんな感じで、なんやかんやで仲良くなってきてはいた。 「人体発火現象だと思うんだよ、よく世界ミステリーであるだろ。火の気がないのに突然人間が燃えて、なんか足だけ残ってるとか服は残ってたとかよくわからん燃え方してるやつが。調べてもらったけど原因わかんねえんだよこれ」 「それは知ってますけど、普通の人体発火と違うのは燃えてる当人がぴんぴんしてるって事ですよ」 「あー、なんかそれもわからんわ。ちなみに生まれた時すでに燃えてたらしいぞ」 「スサノオノミコトじゃあるまいし」 「え、マジ、俺生まれ変わり!?」  その瞬間、ゴォっという音と共に男が燃え上がる。めらめら燃えているなどという生易しいものではない。溶接に使うガスバーナー並にものすごい勢いで燃えている。  迷うことなく酒井は男を渾身の力で蹴り飛ばした。一瞬なら熱さを感じないし靴には鉄板が仕込んである。建付けの悪い扉を勢いよく弾き飛ばして外にポーンと蹴りだされた男はバック転をするとスタっときれいに着地する。 「うぉぉおおお!」  男は走り出した。何故走るのか、と以前聞いたことがあるが、走れば風で鎮火するのではないかと思っているらしい。その勢いの炎が風で消えるわけないし、炎は酸素使って燃えていることを小学校の時習わなかったのだろうかと思ったが突っ込まなかった。理由は単純に面倒なのと、これ以上深く関わりたくないと言うのが大きい。また服が全部燃えて全裸になり警察と消防のお世話になって服を買いに来るのだろうなと思い、一応売りつけられそうな服をチョイスしておくことにした。  寝ている間に燃えれば家が火事になりかねないので家はないらしい。つまりホームレスだ。バイトも短時間で終わる物、さっとその場から燃えにくい場所に移動できるもの、そもそも燃えにくい現場と言うと工事現場、配達、引っ越し業者など体力系になる。炎の勢いは凄いが、確かに一瞬燃え広がる程度では引火する物がない限りすぐに逃げれば周囲に燃え広がることはない。火が出たら機敏に動き安全な場所に全力でダッシュ、バイトはすべて肉体労働。男の運動神経は異様に良い。 「ああ、それで筋肉ついてるんですね」 「いや、これは全裸になった時どうせ見られるなら肉体美の方が良いかと思って筋トレしてる」 「努力の方向がねずみ花火になってます」 「走り回ってるおかげで、足も速くなった」  確かに。誰も彼の姿をカメラに収めることができないくらいには速い。防火素材のリュックを使えばチャリ便もできるので、個数をこなせるので稼ぎが良いそうだ。その稼ぎは大半服に使われているが。配達をすると道も覚えるので地理にやたら詳しい。安くてうまい居酒屋も教えてもらった。 「せっかく燃えるし、必殺技みたいなのできればいいなと思って公園で練習してたら」 「どうせ炎飛ばすとかできないで自分だけ燃えてるオチでしょ」 「行動が怪しすぎて通報された。あと炎はやっぱ飛ばなかった」 「かめはめ波の練習してましたって言えばいいでしょう」 「今度からそうする」 警察には顔と名前を覚えられ消防署からも危険人物としてブラックリストに載っているらしい。ただし人柄が良いのでやっかい扱いはされず気軽に声をかけられるんだとか。 「子供の頃消防士になろうと思ってたんだ。昔から火を見て来たし、火を消す方法学べば人の役に立てるかと思って。防火服って、内側からの炎も防げるんじゃないかと思って。でもダメだった」 珍しくしんみりした様子で話す男は遠くを見る。その目に映っているのは燃えるように赤い夕陽だ。 「燃える男を入れられるか、みたいな感じで門前払いだったとか?」 「いや、馬鹿すぎて筆記で落ちた。公務員って頭よくないとなれないんだな。俺赤点以外取ったことないから」 ビシ、っと親指を立てて真面目に言う男に、少しだけ同情した。夢が叶えられないことにではなく、頭の出来の悪さに。
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