燃える男

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2013年9月7日。この日、IOCは2020年オリンピック開催地を東京に決定。日本中が湧いた。そのニュースが発表された次の日、男は店に駆け込んできた。 「ニュース見たか!」 「いらっしゃいませ」 「昨日、ニュース!日本がオリンピックだ!」 「日本語おかしいです」 「これだよ、ついに俺の出番だ!」 いつも声がでかいし勢いがあるが、今日はなんだか子供のように目をキラキラさせている。 「オリンピックと言えば!」 「経済が動いて建設ラッシュになって開催から数年後地価が大暴落ですね」 「ちっがーう、聖火ランナーだろ!これはもう俺が走るしかない!最後の聖火台に俺ごと飛び込んで聖火をともすんだ!」 「ああ、確かに」  酒井が珍しく同意したのが嬉しかったのか、男はオリンピックについて熱く語り始める。酒井もうまい事思いついたもんだ、と感心した。たしかにエンターテイメントとしては完璧だし男のすべてを出し切ることができる。見せなくていい部分まで出し切ることになるが、そこは聖火台が上手く隠してくれる。 「7年後って体力的に大丈夫ですか」 「そうだな、7年経ったら30歳だ。今から体力作っておくか」 「え、同い年?」 「そうだったのか、友達だな!」 「何でだよ」  男は走る楽しさに目覚めたらしく走り込みをし始めた。かっこよく聖火台に入れるよう一回転の練習も始め、体操選手並にフォームがきれいになってきた。トランポリンもやってみたが案の定燃えたので最終的に体操に落ち着いたようだ。正月名物の箱根駅伝では歩道を燃えながら走る姿がテレビに映り、夜明け前海岸線で走り込みをする姿が星座も相まって美しすぎたので海外でもニュースになったくらいだ。美しいと言っても人間が燃えているのだが。  何で死なないんだよ、なんて突っ込んでいたのは最初だけ。取材をすると面白いキャラなので好感度は高く、なんとなく町のマスコットになりつつあった。スサノオノミコトを祀っている神社からは招待され、学校の消火訓練の時ヒーローショーの悪役として活躍し、ちょくちょく世間をにぎわせ早7年。  2020年1月1日、男は酒井と共に初詣に来ていた。なんと本当に聖火ランナーに選ばれたのだ。残念ながら最終走者ではなったが、それでも男は飛び上がって喜んだ。ついでに燃えた。  神社に初詣に来たのはもちろんランナーを無事務めるための祈願だ。この日の為に本気のトレーニングをして各地方マラソン大会新記録までたたき出した。有言実行、努力の実現。男は頭がパッパラパーだが、決して愚かではない。 「何お願いしたんですか」 「他の人に怪我させませんように」 「意外とまともだった」 「あと彼女欲しいです」 「やっぱアホだった」  2個お願いするな、と内心突っ込みつつ出店でたい焼きを買った。男も焼きそばとたこ焼きとイカ焼きとから揚げとベビーカステラとアユの塩焼きを買う。  基本彼は早食いだ、いつ燃えて食べ物が炭になるかわからないからだ。3人前くらいありそうな量をぺろりと食べ終わると突然。 「あ!」 「燃えるなら人のいない所へ」 「いや、ウンコしたい」  酒井は無言で男の首根っこを掴むと設置されている簡易トイレに向かって投げ飛ばした。こいつやっぱりスサノオノミコトの生まれ変わりなんじゃないだろうかと本気で思う。ヤマタノオロチを倒すなど結構凄い神様なのにアホすぎるエピソードの方が有名な、ちょっと不憫だけどやっぱアホな神を連想させるには十分だった。
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