ペットのお世話は大変

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 友人の壮也が寝不足気味なのが前から気になっていた。いつも眠そうで顔色も悪い。何してるんだ、と聞いても特には、と返ってくる。昔から頼まれると嫌と言えないタイプだから、何か押し付けられてるんじゃないかと心配になる。  何となく頬がこけてきたなと思ってかつ丼を奢ると勢いよく食べ始めたのでこれは何かあるなと思った。なので、いい加減心当たりを吐けと言うと実は、と始まった。やっぱ何かあった。 「実は、ペット飼って」 「へえ、お前がね。昔飼ってたネズミが」 「ハムスター!」 「ああ、そう。そのハムスターが死んでからぐちゃぐちゃに泣いてもう二度とペット飼わないっつってたのに」 「うん。そのつもりだった。でも犬猫の譲渡会行ってさ、引き取ったんだ」 「……」 雲行きが怪しい。というか、なんとなく読めた。 「お前その譲渡やってる団体に連絡先教えたな」 「教えるルールだからね」 「で、それから連絡来ては見に行って引き取ってるだろ」 「……だって、可哀そうなんだ。飼えない、飽きたって理由で捨てられて……」  はあ~、と大きくため息をついた。そりゃその団体にカモにされてるだけだ。ペットの譲渡を真剣に行っている団体は多いが、中にはいるのだろう。とにかく数をさばいていい事してますよってアピールする奴らも。目つけられたんだろうなこいつ。 「とりあえずその連絡先今すぐ消せ、着信拒否れ」 「え~」 「あ゛!?」 「あ、いえ、なんでもないです」 壮也がしぶしぶ、俺に睨まれて着信拒否設定をした。俺の目の前でやらないと許さんと目で訴えたからな。 「とりあえず何飼ってるんだよ」 「いろいろ、いっぱい」 「もういい、今から見に行く」  聞くより見た方が早いなこりゃ。壮也がかつ丼を食べ終わるのを待って家に、と思ったがそうはいかなかった。買い物する、というので付き合えば寄ったのはスーパーで。 「力士がちゃんこ鍋でも食うのかよ」 「そんなわけないじゃん」  壮也が買った食材は白菜2玉、小松菜10束、ほうれん草5束、にんじん10本、牛、鶏、豚を1kgずつ、ポッキー。たぶん、というか間違いなくペットたちの餌だこれ。ポッキーがお前の飯か、おかしいだろ。  家に着くとまず犬が5匹くらい走り寄ってきて、猫が数匹走って来たけど俺を見て警戒して奥に引っ込み、何かの鳴き声と飛び回る音と檻を揺らすようなガチャガチャという音と犬がわんわんわんわん…… 「賑やかでしょ」 「やかましいっつーんだよこういうのは。ネズミの国のジャングルクルーズだってもっと静かだぞ。近所迷惑にならねえのか」 「クレーム30回は来たし最近は警察呼ばれる」 「アホ」 「どっちが?」 「どっちもだよ」 お前も通報する方もな。 犬にもみくちゃにされながら奥に進んでいく。ただいまーとにこにこしてるが、たぶん犬は懐いてるんじゃなく餌ほしいだけだ。玄関には亀、蛙、ザリガニ、カニの水槽が置いてある。いやこれ譲渡会じゃなくね?誰かに押し付けられただろ。  コイツのアパートは1LDKだがまあまあ広い。広かった、が正しいか。周りには檻という檻が大量に積み重ねられていて、中央に折りたたんだ布団がぎりぎり収まるスペースがある。まあ、この1畳もないスペースがこいつの生活スペースってことだよな。檻にぐるりと囲まれる形だ、何の儀式なんだと言いたい。 「お前どうやって寝てんの?」 「え、足まげて」 「屈葬か」 「そんな感じ」 「死んだら死後硬直でその形だぞ、棺入らねえから足伸ばして寝ろ。地震起きたら一発で死ぬから葬儀がスムーズに進むようにしておけ」 「えー、無理」 「檻多すぎだろ、詰み方がコストコじゃねえか」  マジでいろいろいるな。犬、猫、ウサギはまあわかる。あとは大小さまざまなネズミ系、インコやオウムと言った色鮮やかな鳥系、あと部屋の隅にはやたらライトあててる水槽があるので爬虫類か。 きょろきょろしていると突然顔面にベチン!と何かがぶつかってきた。 「ぶへ!」 「あ、むーちゃん駄目だよ」  顔からはがされてみればそれはムササビだった。すぐにまたどこかに飛び去って行く。むーちゃんてお前、ムササビだからむーちゃん。センスゼロか。いや、数が多すぎて下手に名前つけると覚えきれねえからだな。 「フェイスハガーに取りつかれたかと思ったじゃねーか」 「フェイス??」 「エイリアンの顔に張り付く奴」 「そんなのいるわけないじゃん」 「いてもおかしくねえだろがこの状況」 ムササビだけでなく鳥系は飛び回っている。おかげで羽は舞うわ糞は落ちてくるわ。 「シックハウスになっても知らんぞ」 「もうなってきてる」 「バーカバーカ。出かけてる時に鳥を放し飼いするな」 「かわいそうじゃないか、狭い中に閉じ込めるの」  可哀そうなのはお前の頭の中だ。じっと見つめると俺の内心を悟ったのかだってさあ、と始まる。それを手で制してため息をついた。 「いいか、ペット飼うのはいいんだよ。でもその動物に対して正しい知識を身に着けてからにしろ。本当にその動物にとって何がストレスになって何がストレス解消になるのか知らんと、ペット自身に逆に負担大きくするぞ」 「はい……」 しょんぼりするが一応素直に聞く。世話大変で体力も削られてるし、あまり厳しい言い方にならないようにしないと。 「狭い檻の中がインコは窮屈かもしれんが、ペット化された鳥は飛ぶのもどこかに掴まるのも下手だ。部屋の中じゃ狭くて激突するし爪が布に引っかかっても無理やり飛ぼうとするから足を怪我したりもする。放すならお前がいる時だけにしとけ。あと手乗りにしつけろ」 「うん」 内容が割と真面目だったからか、壮也は真剣に聞いてくれた。とりあえず飛んでいる鳥をそっと捕まえると一旦鳥籠に戻した。 「ぎゃー!」 「うるせえ!」 「克己、オウムに切れないでよ」  突然真後ろで叫んだオウムに叫び返すとさすがに壮也がおろおろと止めてくる。鳥と張り合うあたり俺ももうだめだ。でも仕方ない、この部屋に入ってからとにかくストレスマックスだ。うるせえし臭ぇしわんわんにゃーにゃーバタバタガタガタ…… 「とりあえず餌あげていくね」 壮也は買ってきた野菜を取り出そうとするが、俺が止める。 「犬猫先にしろ」 「えー、でもこの子たちは待っててくれるよ。他の子は待てないかもしれないじゃん」 「玄関開けた瞬間から餌……お前を歓迎してくれた奴らに感謝して優先したほうがいいだろ。ネズミとか猿とか爬虫類と違って、犬猫は飼い主をより深く認識してくれる相棒たちだぞ。エサもすぐ出せるんだから手間かからんだろうが」 「そっか、そうだよね」 パアっと明るい顔でいそいそとペレットタイプの餌を準備し始める。よし、やっとうるさくて鬱陶しい系を黙らせることができた。 「野菜やる奴らは俺も手伝ってやる。大小いろいろいるげっ歯類は何やるんだ」 「げっ歯類ってさあ。チンチラとマーモットとカピバラとハムスターだよ。乾燥フードと野菜かな」 何だ、意外と楽だな。野菜をわしづかみにすると壮也が包丁を差し出してくるが俺は受け取らずに壮也の頭にチョップした。 「痛い」 「刃をこっちに向けんな俺を刺す気か」 「あ、ごめん」 「野菜なんてちぎりゃいいだろうが、何で包丁使うんだよ」 「え、料理してるって気になるじゃん」 「野菜切るのは料理に入らねえよ」  さては自炊してないなこいつ。まったく、と言いながら俺は白菜を掴むと思い切り左右に引き裂いて真っ二つにした。芯があるからダメかと思ったけど、意外といけたな。そしてその様子を壮也が呆然と見つめていた。 「なんだよ」 「いや……うん、克己にはあんまり逆らわないでおこうかなと思っただけ。あのさ、僕に注意とかする時はなるべく言葉でお願い」 「今までもそうしてるだろうが。あと手加減もしてる。本気出してたらお前今頃頭蓋陥没してるからな」 「あ、はい、ごめんなさい」 そうして野菜をやりながら檻の掃除も手伝ってやった。ハムスタ―の掃除をするとき、壮也がお玉を持ってきてハムスターをすくう。 「今夜の出汁か」 「違うよ!この子は触られるのが嫌いだからこれですくってあげてるの!」 「どうでもいいけどお前、それやるなら檻を床に下せよ」 「この積み重ねてる状態見てそれ言うの?」 「ネズミはいきなり飛んだりするぞ。ラットとかドブネズミとか平気で1~2メートルジャンプするからな。そのネズミ、1メートルの高さから落ちて無傷でいられるか?」 「え」  壮也は慌ててしゃがんだ。地面が近づいたことでハムスターはお玉から出ようとしている。どうしよう、とおろおろしているので転がっていた空のペットボトルの上を切り落としてその中に入れてやる。突然狭いところに入れられたハムスターはシャカシャカ動いて軽くパニックのようだが仕方ない。ミネラルウォーターのペットボトルだから汚くないし良いだろ別に。 「ネズミじゃなくてハムスターのハムちゃん」 「はいはい」 そこは訂正するのか。一応可愛がってはいるんだな、ネーミングセンスはともかく。……昔飼ってたのも名前ハムちゃんだったじゃねえか。
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