寡黙なる探偵への道

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 店内の造りも変わっていた。通りに面している窓側にキッチンとカウンターがあり、キッチンで作業しているマスターには後光が射している。…手元が見え難くないのだろうか。  窓がない壁際にはテーブル席があり、ソファとモザイクガラスの間仕切りで区切られている。客席側に窓がないせいか、明るいのに閉塞感がある。よく言えば秘密基地のようで、悪く言うとただでさえ狭い店内が更に狭く感じる。 そう、店内の講評を脳内でしていると、 「何か飲むかい?一杯目は経費で落ちる。」  案内される訳でもなく、勝手知ったる風に店内を進み、私に席を勧めながらそう言った。彼なりのユーモアなのだろう。口角をやや上げながら得意気に言う様はどことなく演技じみていた。 「はぁ、そうなんですか。何かお勧めはありますか?」 「そうだねぇ。無難にブレンドコーヒーがお勧めだろうね。」  それではそれで、と彼のユーモアに付き合うことを放棄しながら取って付けたように答えた。  オーダーを店主に伝え、注文の物が届くまでの間は他愛ない話をした。自己紹介から始まり、どこから来たのか、どうやって事務所を知ったのか、最近はこういう依頼が多いとか…。私は聞かれたことに答えつつ、聞かされることに相槌を打ちつつ、ぼんやりと“なんだかチューニングをしているみたいだな”と思った。話ながら波長を合わせているような、話しやすいポイントを探しているようなそんな気がした。考え過ぎだろうか?  そうこうしている内にコーヒーが運ばれてきた。店主は寡黙らしく、一言も発さないままにコーヒーを置いて去っていった。あの見事な肉体の内には何が秘められているのだろうか。コーヒーを挽くのに筋肉が必要なのだろうか…。  適当なことを考えながら去りゆく店主を見送っていると、 「さて、それじゃあ本題に入りますか。」  彼はコーヒーを啜りながらそう切り出してきた。あまりの予想外の連続だったので本題を忘れかけていたが、その一言ですっかり思い出した。私は依頼をしに来たのだった。ある種の覚悟を決めて此処に着たのに、それを忘れさせてしまうとは恐ろしい。 「…あぁ、そうですね。本題…依頼についてですね。」 「うん?なんだい、まさか依頼内容を忘れた訳ではあるまい?それともどこか具合が悪いのかい?」  私の歯切れの悪い受け答えを怪訝に思ったのかこちらの顔を覗き込むように窺ってきた。いや、ただ上の空だっただけです。とは言えず、バツの悪そうな顔をして、 「少し緊張していて…」  とだけ言った。間抜けである。 「そんなに緊張する事はないさ。話を聞くだけじゃ金を取らんし、話すだけで解決する場合だってある。」  その時はコーヒーを奢ってもらうがね。とニカッと笑いながら話す様はとても人好きするものであった。 「そうですね。ありがとうございます。実はですね…」  そうして私は私の“探しモノ”について話始めた。始めたら止まらず、気付いたときにはコーヒーが冷めていた。 「…なるほどね。また変わった“モノ”をお探しで…」  何かを深く考えるように空になったカップを見つめながら呟いた。それともただ単にお代わりをするか悩んでいるのか。 「とりあえず話は分かりました。コーヒーの奢りはなさそうですね…。それでは、一度事務所に行って正式に依頼を受けるとしましょう…。」  しゃべるほどに彼の雰囲気が重くなっていくような印象を受けた。何故だろう。彼なりにこの依頼を真摯に受け止めているということなんだろうか。彼の雰囲気の変わりように戸惑っているうちに、彼は意を決したように立ち上がり、会計を済ませた。気のせいだろうか喫茶店の店主が親指を立てて彼を見送っているように見えた。まるで戦地に赴く戦友を見送るように…。 「さぁ、それでは行きますか。」  彼はさながら覚悟が決まったような顔をして、重い足取りで店の出口へと向かって行った。少しの間、彼の雰囲気に飲まれていたが、扉が開いた音を聞き、私も慌てて後を追うようにして店を出た。
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