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誰もが忙しなく息をしているようだ。
終礼のチャイムと同時に慌ただしくなる廊下、教室、グラウンド。夕暮れの教室でそれらを眺めながら、俺はそんなことを考えていた。
俺を置き去りにするように、教室を影が差す。
1年生教室が詰められた校舎の角部屋に位置するこの教室には、やけに夕陽が幅をきかせていた。
「青春ってなんなんだろうな」
俺はぼそっと呟く。
「ん?」
教室に残っている生徒は2人。俺ではない方が、視線だけでこちらを窺った。
いつまで生きられるか分からない人生そのものと違って、高校生活には、明確なタイムリミットがある。それは周知の事実であり、普通にいくと、それは3年間という限られた時間だ。
それをいかに上手く使い、有意義に過ごし『幸せいっぱいのハイスクールライフ』とやらを手に入れるには、何をすべきか。
その最適解を求め続ける、それこそが【青春】なのだろう。
しかしそれは、全ての高校生がそんな3年間を送るということを意味しているわけではない。
例えば、勉学にもスポーツにも色恋沙汰にも、とにかくありとあらゆる活力に興味を示さず過ごすことを好む奴だっているだろうし、そういう奴は俺の知る範囲でさえ少なくない。けど思うにそれって、随分寂しい生き方だよな。
教室に残っているもう1人、旧友の城戸和弥に俺はそんな意味のことを話した。
すると和弥はいつも通りの不敵な笑みを崩さず、言ったものだ。
「へぇ、そうか。凪也に自虐趣味があったとはな」
いかにも心外だ。俺は抗議する。
「なにが自虐だよ」
「なにが、ってお前。勉学、スポーツ、あとはなんだ?恋愛か。何にも興味を示さず生きてきたなんざ、まんま凪也のことじゃないか」
「別に【何にも】ってわけじゃねえよ」
「そうか……?まあ、そういうことになるのか」
ふふん、と鼻を鳴らして、和弥は一枚の紙を机上に置いた。【入部届】と書かれたそれには、和弥の字でクラス、出席番号と『サッカー部』という文言が記してある。
「じゃあ言い直すが、お前が【興味を示した】って言えるの、せいぜいサッカーくらいじゃねえか」
「………」
「なぁ、良い加減決めちまえよ、サッカー部に。俺とお前が組みゃ、こんな中堅校のレギュラーなんて朝飯前だろうが」
「………」
「それともなんだ?この程度の学校に、俺を扱いきれる司令塔がいるってのかよ。俺はお前と組んでこそのストライカーなんだよ」
「あのなぁ……」
口の減らない奴だ。俺は再び、目の前に座す男の顔を見た。城戸和弥。俺の旧友にして、かつてのライバル、そして…相棒。和弥は男にしては背が低くて色も白い、言ってしまうと女の子のような見た目だが、それに似合わず好戦的だ。
高校1年生、今日が初の部活動体験日だというのに髪を茶髪に染め上げ、鳥のやませみのように上部へ跳ねさせている。
中学3年まで、俺は和弥と一緒にサッカー部に所属していたが、奴はまるで異質だった。
キレの良いドリブル、火の出るようなシュート、そしてあまりにも荒々しい性格。その評判は凄まじく、この辺りで『城戸和弥』の名を知らない者はなかった。
そして俺は、チーム内外を問わず、唯一城戸和弥をコントロールできる司令塔として、細々と知られていた。
全く……こいつとサッカーをあと高校3年間もやるなんて、勘弁してくれ。
俺は話題の終わりを示すように手をひらひらと振る。「ほら、行った行った。体験が始まるぞ」
「はぁ……?結局サッカー部には来ねぇのかよ」
和弥がふてぶてしく言った。
だが、俺の信念は揺らがない。
「俺は高校の3年間は大人しく暮らすって決めてんだよ、波風のない凪いだ日々でな」
俺は断言する。しかし和弥は、なおも引き下がった。
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