恋と愛の選択肢

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「却下」 「そこを何とか」 「役職者が会社ルールを破るのですか?ああん?」  そう言ってメンチを切るとしょんぼりとした様子で席に戻る。ちなみに相手は係長である。出し忘れていた経費精算のレシートを持ってきたが締め日は昨日だ。係長は昨日会議三昧で忘れていたらしい。  経理課の絶対的な番人、大月六花。例え自部署内の上司相手でも容赦はしない。締め切りを過ぎた清算は来月に回され、支払いは約半月後。数百円の世界ならいいが、今回は宿泊費と交通費の清算なので万単位だった。これを会計ソフトにまた打ち込んで計算と締めをやり直さなければならないなど、寝言は寝て言えむしろ寝言で言っても許さん状態だ。  結局恋愛を勉強してもそれが生かされることはなかった。人間社会に出て8年。何してたんだと言われるとゲームやって合コン行って飲み会に行ってゲームやってた。  これでも出会いを求めてはいたのだ、チャンスを逃すまいと。しかし合コンなどでターゲットになるのは常に20歳前後の若い女、自分はお姉さんというか下手するとカーチャンくらいな扱いになる。六花のキャラがまた強いのでそういう扱いをすることで丸く収めようとする雰囲気ができてしまうのだ。  しおらしくしても若さで負ける、自キャラを出せばめんどくさがられる。ゲームと現実は違うな……と虚しくなる。ドラマや漫画だって、同じ状況なら死ぬほどフラグが立つというのに現実ではフラグはゼロだ。  もう職場ではひらき直った。入社して8年もたてば立派にお局様だ。女性社員は自分を入れて三人。一人は24歳、もう一人は19歳。24歳は19歳の子の方が話が合うらしくよく一緒にいる、六花とはあくまで同僚という立ち位置である。この二人はプライベートでも出かけると聞いた。自分は一度も誘われたことないのに。  男性社員はおっさんばっかりだ。唯一若いのは25歳の椎名だがこいつはそもそも六花を女性として見ていない。たぶんお局として見てる。実際椎名が話しかけるのは24歳と19歳の方ばかり。六花には仕事の話だけだ。チャラ男め、と内心イラっとする。  一体自分は何のためにこうして働いているのか。雪山にいるときは毎日時間がゆっくりに感じていたが、都心に出てきてからは1秒がもったいないくらい時間が足りない。転職しようかな……出会いを求めるために……と、非効率極まりない事を考えるようになったある日、経理課に中途採用の社員が入ることになった。現在26歳で前職でも経理で簿記も持っているとか。即戦力というやつだ。 「教育係はいつも通り、大月さんにお願いしたいんだ」  課長と係長に呼ばれたので何かと思えばそんな話だった。確かに若手社員を育ててきたのは六花だ。中堅となった椎名に19歳女子教育を任せているので六花は今手が空いていると言えばあいている。 「教育係は田中さんにするべきでは。彼女も入社して2年です。そろそろティーチングをしてもらうべきです」 そう提案すると課長と係長はそうかな、早いんじゃない?と言ってくる。 「前職が経理ならコツさえ教えればすぐ仕事ができるはずです。この方の方が年上ですし、教育者が未熟であるが故、逆のフォローもできるのでは。田中さんのバックアップは私がします」  三人で相談した結果、六花の提案が通った。田中が近ごろ物足りなそうに仕事をしているのを見ていたのだ。これはやりがいと実績を与えなければ転職してしまう、そう言うと課長たちは了承してくれたのだ。 「春日井晴人です。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」 中途採用の新人入社日、事務所に入ってきた彼の顔を見て六花は雷に打たれたように衝撃を受ける。 似ている、面影が。目元とかが特に。サクリファイスのアーク。こんなことが本当にあるなんて。 「じゃあ、軽く自己紹介していって。まず大月さんから」 そう言って係長が六花を見ると、春日井もつられて六花を見る。よろしくお願いします、と元気よく挨拶してくる。 【元気に挨拶を返そう】 【この人何者だろう……警戒しないと】 【一緒に敵の首を狩りに行きましょう!】 「大月です、よろしく春日井君」 馬鹿野郎、何アーク初対面の時の選択肢思い出してんじゃい。挨拶一択だろうが。  頭の中で自分を殴る。しかもこのゲーム、絵も綺麗で内容もシリアス、ストーリーも申し分ないくらい面白いのにだいたい選択肢の3つ目がおかしい。首狩ってどうするんだよ警察が来るわ、とヒロインをぶん殴った。妄想だが。  教育係の田中と春日井が挨拶をかわし、和やかな雰囲気で新たな仲間が加わった。それから毎日田中は春日井に仕事を教え、質問されてわからなかったことは六花に確認しにきたりと良いペースで教育が進む。  春日井は最初の印象の通り好青年で誰とでも仲良くなれた。上司からの評価もいいし六花の強いキャラにも普通に接してくれる。田中も人に教えることで業務の見直しができてやる気が起きてきたようだ。毎日輝いて見える、きらきらしている。 きらきら。 『何故だろな。最近君が輝いて見えるよ、眩しいくらいに。俺と生きる場所が違うのに、目を逸らせないんだ』 アークの囁く声が脳内に再生される。はっとした。これは。 田中、お前さては惚れたな。 「奇遇だなあ、私もだ!」  ダン、と力強く飲んでいた缶ビールをテーブルに置いた。仕事が終わって帰ってきて、ビールを飲んでいて気が付いた。田中は春日井に惚れていると。そして自分も惚れていると。  なんというか、あの笑顔がダメだ。さわやかで優しい、声も柔らかい。きゃっ、素敵、なんてキャラではないので至って普通に接している。しかし胸中穏やかではない。危うく凍らせるところだった。  今まで自分の扱いと言えば、おばさんかメンドイ奴だった。ちゃんと紳士的な対応をしてくれて、しかもそれが崩れることなく今でも優しくしてくれるのは春日井だけだ。男に免疫がない六花はもうメロメロだった。 メロメロになった理由はもう一つある。 「大月さん、書類ですか?僕総務に用事があるので、ついでに持っていきますよ」 『なんだ、ずいぶん大荷物だな。一人で運ぶ気か?貸せ、俺が持っていく』 「この間猫の親子が路地から出てきて、すっごい癒されたんですよね」 『この何気ない風景、これこそが永遠に続いてほしいと願わずにはいられない。心が温まるとはこういうことを言うのだろうな』 「すみません!僕のミスを大月さんにフォローして頂いたと聞きました。二度とないようにします。ありがとうございました」 『何故お前がサクリファイスとなる必要がある!それは俺が受けるべき咎なのだ!無理をするな、お前に何かがあっては遅いんだ!』 「え、大月さん帰っちゃうんですか?え、まさかの残業するの僕だけ?えー!?」 『行くな。俺の傍にいろ』 あーもう無理、全部セリフに置き換わる。もう完全にアークじゃん、シンクロ率400%じゃん。言動全部アークだわこりゃ。メロメロにもなる。 「あ、ちょっとスタバ寄っていきますね」 『さて、狩りの時間だ』 「違ぇわ」  脳内で止まらない妄想に突っ込みを入れた。だから、狩りはどうでもいいんだよ、とビールを飲み干した。  自分の気持ちには気づいたが、告白する気はない。いくら鈍い六花とて、春日井が優しくしてくれているのは職場のお局様だからだということくらいわかっている。どう考えても年上の、このキャラの彼女が欲しいとは思えない。飲み会のネタにされるに決まっている。 見守ろう、目の保養だ。熱帯魚とかと一緒。仕事をする際の楽しみにしようと決めた。  週末、残業もなく終わった今年のクリスマス。25日が金曜日とか奇跡だろと思う。7年に一度来るのだが。  どうせ世の中の男女はイヴもクソも関係なくこれからイチャコラタイムだろ、ざっけんなよと思いながら一人分のケーキとチキンを持って歩いていた。毎年の事だ、親しい友人もいないし一人でクリスマスを過ごしている。郷に入りては郷に従え、宗教など当然ない六花だがイベントごとはなんやかんや楽しんでいた。あ、ワインでも買ってみようかなとくるりと踵を返した時。  春日井と田中が腕を組んで歩いているのが目に入った。その姿は当然恋人同士にしか見えなくて。幸せそうに笑っている。向かっている先はちょっとイイ値段のするレストランが多く集まるデートスポット。 「……」  それを見つめ、ゆっくりと再び踵を返して帰路についた。春日井が入って2か月。そりゃそうなるわ、年頃の男女ですから。つきっきりで教育してたし、すごく仲良かった。こうなる予想もついてた。 「いいよ、私にはアークがいるからね」 ツンと鼻の奥が痛くて目がシパシパしてきてるのは寒いせい寒いせい。あ、私雪女だった、と墓穴を掘る。 『お前の犠牲は俺の糧となる。俺と永遠に共に生きよう。この世界を滅ぼして……』 BAD END 「なあああああああんでだよおおおおおおおおおお! そこで諦めんなよおおおおお!!!」  家に帰ってきれいにクリスマス料理を並べて、アークと一緒に食べるんだい!とちょっとアレな催しをしてみた結果。ゲームでは両想いになったヒロインとアークが最後の戦いに望んでいて、ハッピーエンドにむけて戦っていたがなんかこんな感じになった。それもこれも、敵の力が圧倒的過ぎてピンチになったら何故か自分がどうにかしなきゃ!とヒロインがいきなり必殺技を使おうとして、ラスボスから馬鹿め、と心臓に一撃を喰らって、怒り狂ったアークがヒロインをサクリファイスとして力を得てボスを一撃で粉砕した。いや、傷直せよ蘇生しろよできるだろてめえはよ! とバンバンとテーブルを叩く。  しかもなんか絶望して闇落ちして世界壊そうとしてるんだけど!?メンタルどんたけ弱いんだよ踏まれた霜柱か!と納得できない。 「わからん……」  コントローラーをブン投げて、ケーキをむさぼる。愛するものを目の前で失ったら自暴自棄になるということだろうか。恋ではない、愛であると取り返しがつかないというのか。  恋愛の教科書と崇めるエッセイに書いてあった。恋は一人でできるもの、愛は二人で育むもの。恋はあくまで自分ひとりで行っている事なので一方的に終わらせることができる、愛は壊れて崩れるものなのでダメージが大きいらしい。自分一人ではない、相手の心に触れているのだから。 「いや、どこで間違えたのさ選択肢」  まともなものを選んでいたはずだ。相手を想い、でも利己的にならず自分を出しつつ二人で諦めずに頑張ろうという最善の選択肢だったはずだ。なのに、ここにきてBADEND。ということは好感度が足りなかったのだ。何が違った?わからない。男ごころというやつが。  うん、私は女だからわからない。だからとりあえず肉まん買いに行くか。そう思い立ち、上着を羽織って外に出た。
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