恋と愛の選択肢

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 コンビニで買った肉まんとついでにあんまん、ペットボトルのコーヒー。ぶらぶらさせながら歩いていると人気のない道路で男女が言い争う声が聞こえる。言い争いというより女の泣き叫ぶ声と、げらげら笑う男の声。明らかにこれ男がゲスな展開だ、昨日まで味方だったのに最終戦でいきなり裏切ったサブキャラと同じ。  いや、そこ、私の帰り道なんですけどと思ったが気にせず突き進む。聞き覚えがあったのだ、男女の声に。見ればやっぱり春日井と田中だった。田中は涙で化粧がぐちゃぐちゃだ。春日井はケラケラと笑っていてスマホで電話をしているようだ。  おかしい、ほんの3時間前はこいつらラブラブだったじゃん。たった3時間で何故修羅場になれる、と思い耳を澄ませると。  どうやら、春日井は職場の女を半年以内に落とせるか友達とゲームをしていたようで、田中はその標的になったというわけだ。賭けは一発ヤれれば勝ちだそうで、つい先ほど春日井の勝ちが確定したと笑いながら電話をしている。その顔はキラキラの王子のような笑顔ではない。サクリファイスのサブキャラの裏切る奴、ジャックにそっくりだ。 「あー、笑った笑った。だいたいこんなブス本気で相手するかっつーんだよ、鏡見ろって話だよなあ?ああ、なんか今泣いてるわマジうける。んじゃ、後でな」  電話を切るとうわーすっげえブスだ、と言いながら田中の顔に向けてシャッターを繰り返す。そして撮った写真を見てゲラゲラと笑い始めた。  何がそんなにおかしいのか。箸が転がってもおかしい年は過ぎているだろうに。ごく普通に歩いて近づくと二人はこちらに気づいたようだ。 「あっれー、ババアじゃん盗み聞き?趣味わるーい」  もはや隠す気もないようでごまかす様子もなくニヤニヤ笑っている。訂正しよう、まだジャックの方がイケメンだ。何故ならスチルは外道の顔もイケメンに描かれている。何かごちゃごちゃいう男を無視して、泣いている田中の顔をごしごしとハンカチで拭いた。 「化粧落ちてパンダになってるよ、もう落としなさい」 「あ……大月さん……?」 「田中さん、実家どこだっけ?」 「秋田です、けど……」 「んじゃ、年末年始実家に戻ってゆっくりしておいで。お土産はきりたんぽな」 そう言うとほれ、新幹線代、と言って財布からお金を渡した。田中は万札と六花の顔を交互に見て戸惑っている。 「えー、何、いらないならちょーだい」 空気を読まず手を伸ばしてくる春日井の腹に思い切り蹴りを入れると鳩尾にきれいに入り、ゲボ、と嫌な音を立てながら地面に転がった。ゲホゲホせき込んでいる。 「大丈夫だよ、こいつは人事課に言っておくから。今は病院行ってアフターピル処方してもらいなさい」  肉まんなどを袋ごと手渡し行った行った、と追いやるように背中を押すとアフターピル、という単語に我に返ったのか泣きそうな顔で会釈をして足早に立ち去った。改めて春日井を見ると、先ほどとはうってかわって目が血走っている。 「クソババア……殺す」 「あっそう」 「ただのいきがってるだけの奴だと思ってんだろどうせ。ヤクザ半殺しにしたこと何回もあんだよこっちは。今回はマジで殺しちまおうかな?うん、そうしよう」 「ババアの蹴りも避けられない奴が何言ってんだ」  その言葉にあからさまに目つきを変えた春日井がポケットから何かを取りだした。たぶん、ナイフか鈍器かそんな類だろう。喧嘩か殺し合いか、確かに慣れているようで一歩踏み込んでくる動きが素早い。武器を振りかざしながら一気に距離を詰めてくる男を冷めた目で見つめる。  どこで選択肢を間違えたのだろうか。アークとは心を通わせていたはずだったがハッピーエンドを迎えることができなかった。 「大月さん、書類ですか?僕総務に用事があるので、ついでに持っていきますよ」 「あ、そう?じゃあお願いね。ついでにこっちに来る予定の書類も受け取ってきて」 「この間猫の親子が路地から出てきて、すっごい癒されたんですよね」 「そりゃよかったね。今度写真撮って来てよ」 「すみません!僕のミスを大月さんにフォローして頂いたと聞きました。二度とないようにします。ありがとうございました」 「部下の責任はリーダーの責任。それが私の仕事。ミスは二度と起こさないってのは無理だよ、何でミスしたかの分析と改善をしなさい」 「え、大月さん帰っちゃうんですか?え、まさかの残業するの僕だけ?えー!?」 「残業しないとダメな業務じゃないなら、明日にしてね。残ってやる仕事は承認者がいないし進捗確認できないから逆に効率悪いよ」 間違ってないはずだ。利己的にならず、彼の成長に繋がればと受け答えしてきた。ならば何故。 『さて、狩りの時間だ』  ➡『狩りだなんて、今そんなことを言ってる場合ではないです。    皆を止めないと!』   『落ち着いてください、力が暴走してしまいます!』   『そうこなくっちゃ! 全員ぶっ倒して奥歯ガタガタ    言わせてやりましょう!』 「ああ、これだなたぶん」 言いながら振りかざされた腕を掴むとくいっと右側にひねる。するとボキっと音が聞こえてあっさり折れた。相変わらず、人間の骨は脆い。春日井は猿のような悲鳴を上げてのたうち回る。 「そっか。アホにしか見えない選択肢も勇気をもって選べばよかったのか。本当はマジで他の連中ぶっ飛ばしたかったのか、わかりにくすぎるわ。かっこつけてないでヒロイン並にわかりやすい言葉で言えばいいのに」 ふふ、と小さく笑う。春日井は痛みに悲鳴を上げて六花の独り言は聞いていなかったようだ。凄い形相で睨みつけてくるが、六花は笑顔だ。 「クソがあ、ぜってえ殺す! 殺す! 死ねよクソババア! しわくちゃのくせに何ニヤニヤしてんだよゴミ女ぁ!」 「ああ、そうそう。歓迎会の席で一つ嘘ついた。私の嫌いなものは無能な人間じゃないんだ」  殺気立つ男の言動を一切無視して、そう語ればようやく六花の異様な雰囲気に気づいたのか春日井が黙る。六花は笑っている。しかし、目が全く笑っていない。そして、いつの間にか手足がかじかむほど寒い、防寒具を身に着けているというのに。吐き出す息は真っ白だ。確かに冬だが、今日はまだ暖かい方でさっきまではこんなに寒くなかったはずだ。  六花の髪が真っ白に染まった。肩までの長さだった髪は腰の下まで一気に伸びている。もこもこのダウンを着てデニムをはいていたはずなのに真っ白な着物を着ていて、肌も血の気がない。全身真っ白だ、何もかもが雪のように白い。瞳はアクアマリンの色、明らかに普通の人間ではない。 「……あ? なに、え?」 着替えた様子はないのに姿形が一瞬で変わっている六花を見て、理解が追い付いていないらしい。目を見開き固まっている。 「私が嫌いなのは」 ゆっくりと春日井に向けて手を伸ばす。 「女を泣かせる男なんだよ、ゴミ野郎」 春日井の皮膚に直接霜が張り付き始めた。そのことに気づいた春日井が慌てて霜を落とそうとするが霜は落ちない。そればかりか全裸で雪の上に転がされたかのように全身が冷たすぎて痛い。もう少しすると凍り始める。 「ひ、ひいああああ!」 春日井は悲鳴を上げて走り出した。無駄だ、どこにいても凍り付かせることなど造作もない…… 「ふええ~、遅刻しちゃうよぉ~!」 ドォン、という音と共に春日井が吹き飛んだ。 「は?」  思わず六花も目が点になる。逃げる春日井にとどめを刺そうとしたのだが、猛スピードで走ってきた女に轢かれたのだ、春日井が。しかもぶつかった勢いで春日井は20メートルは飛んだ。女は気づいた様子もなくそのまま走り去っていく、高さ5メートルはある塀を飛び越えて。 あの頑丈さ、走り去る速度が車並に速い事、そして今背筋に感じた気配。これは。 「え、雪鬼じゃん」  ぽつりとつぶやいた。雪山に住む、雪女とは違うバケモノ。呆然と見ていたが、はっとして姿を人間に戻す。周囲を注意深く伺ったが、人間の気配はない。この辺りは防犯カメラもないはずだから大丈夫だろう。春日井は遠くに転がっていて、耳をすませばわずかに呼吸音が聞こえる。ほっとこうかとも思ったが、死んだら田中が後味悪いだろうとたまたま近くにあった公衆電話で匿名で通報しておいた。そういえばさっき自分も殺しかけたんだった、と反省する。  それにしてもさっきの雪鬼。もしかして、あいつ結婚したとかいう雪鬼では? 今日はクリスマスで遅刻しちゃうとか言ってた。そういえばちょっとめかしこんでたようだしデートかこの野郎、となんだか腹が立ってきた。 イヴに済ませろよ何クリスマスの夜にオシャレしてデートに遅刻しそうになってるんだゲームか! しかもここ生活圏内かよムカツク、引っ越そう、と決意して家に帰った。
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