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「洸太ー、荷造り終わったー?もうそろそろ出る時間でしょ?」
1階から母さんの少し大きな声が聞こえる。
「終わったよ。もう出るよ。」軽く返事をして、キャリーケースの鍵を閉める。
高校を卒業した俺は、春から東京にある大学に通うためこのド田舎を離れて一人暮らしを始める。
この鹿児島にある実家から都会に出るなら福岡、本州に行きたいなら大阪とわざわざ上京する人はほとんどいないが、俺は東京に出ることに拘っていた。
俺は私立文系に合格し、高校の同級生は親の仕事を継ぐため就職したり、県内にある鹿児島大学に進学したりする者もいた。
荷造りを終え、きれいさっぱりに片付いた自室を見回し18年間お世話になった部屋に対し、軽く頭を下げ「ありがとうございました」と小さく呟いた。
1階に降りると、近くにある老人ホームに入居しているばあちゃんが来ていた。
「洸ちゃん、おはよう。これ、入学祝い。渡すの遅くなっちゃったけど、はい。少ないかもしれないけど我慢してね。」
そう言われて、のし袋を手渡され中身を見ると1万円札が10枚以上入ってるのが確認できた。
「え?こんなにいいの?ありがとう、ばあちゃん。」
「ちょっと、あんたいくら入ってたのよ。」横から母さんが口を挟んでくる。
「う、うるせぇよ。いくらでもいいだろ。で、父さんと母さんは入学祝いないのかよ。」
「もう…お義母さんすぐ甘やかすんだから…。あんたに現金を持ち歩かせるのは危ないから、あんたの口座に振り込んどくよ。後で確認しときな。」
「俺の事いくつだと思ってんだよ…ガキじゃねぇんだし…」
「だったら態度で示しなさいよね。東京行くことだって、ちょっと不安なんだから…」
「え??何?心配してくれんの?」俺は少しニヤついた顔で母さんの顔を見る。
「親なんだから、子供を心配するのは当たり前でしょう。とにかく、向こうに着いたら必ず連絡しなさいよね。」
母さんの少し不安そうな顔を見て、俺も緊張と浮ついた気持ちが混じったソワソワした変な感じになった。
「まあ、洸太なら平気だろ。なんだかんだしっかりしてるし、な、日向。」父さんが妹に問いかける。
「たしかにー、そーだねー、おにーちゃんしっかりしてるし。ばいばーい。」携帯を弄りながらこちらを見もしない妹が全く心が篭ってない言葉で俺に別れを告げる。
「お前…俺に興味無さすぎだろ…」
「えー、そんなことないよー。あっ!!でも私が東京に遊びに行く時はお兄ちゃんの家に泊まるから部屋、綺麗にしといてよね。」
「はいはい。わかったよ。」妹の興味が俺ではなく、東京だということを改めて確認したところで母さんが、真剣な声で俺に訊いてくる。
「あんた、有望ちゃんに、お別れ言ったの?」
「いや、まだ。バス停に行く前に寄ってくよ。じゃ、俺はもう出るから。みんな元気にしてろよ。夏休みは一応帰ってくるつもりだから。じゃあな。」
「ちゃんとお別れ言いなさいよね。じゃあね。」母。
「洸ちゃん。病気や事故に気をつけてね。無理はしないんだよ。じゃあバイバイ。」ばあちゃん。
「お前のことだから心配してないけど、ばあちゃんの言う通り、無理はすんなよ。じゃあな。」父。
「お兄ちゃん…バイバイ…」最後の最後まで俺を見なかった妹は、少し声が震えていた。
玄関を開け、コンクリートで固められた庭を見渡す。俺の靴より、一回り小さい足跡と、今の俺の靴のサイズと同じ足跡がコンクリートについている。コンクリートが固まる前につけたものだ。俺はその前者の足跡を強く踏み込み、有望の下へと足を向けた。
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