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「わあ、すごい! 海が綺麗だな!」
松島に到着後、貸し切りの遊覧船でクルージングが始まった。松島は日本三景のうちのひとつ。松島湾クルージングでは仁王島、鐘島、桂島など大小の奇岩が次々と移り変わる風景が満喫できる。穏やかな海に260もの島がぽつぽつと浮かぶ様子は、松島でしか見られない光景だ。
東京で生まれて東京で育った晴太郎は、綺麗な海をこんなに近くで見た事がない。珍しい光景に目をキラキラとさせている。冷たい風が吹くのも気にせず、2人はデッキに出て過ぎゆく絶景を眺めていた。
「ええ、すごく綺麗ですね」
晴太郎だけでなく、七海も同じだ。海なんてほとんど見た事がないし、こんなに近くで磯の香りを感じた事もなかった。初めての事に年甲斐もなくはしゃいでしまいそうだ。先ほどまでの具合の悪さはどこかへ飛んでいってしまった。
「天気が良いから、海がキラキラして見え……はっ、くしゅ!」
「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
隣で晴太郎が大きなくしゃみをする。海に夢中になっていて気付かなかったが、彼は背中を少し丸めて寒そうにしている。はやりマウンテンパーカーだけでは3月の東北の寒さは凌げない。七海は自分のマフラーを外して、晴太郎の首に巻いてやった。
「七海、いいのか?」
「はい、私はコートも着ていますし、大丈夫です」
「そうか……ありがとう」
また風邪をひいてはいけない、と思っただけなのに。口元を自分のマフラーに埋めながら、照れ臭そうに頬を染める晴太郎の姿に、胸がきゅっとなった。
——可愛い。思わず、肩を抱き寄せてしまいそうになったが、ぐっと堪える。普通の従者は、そんなことしないと思ったからだ。
「晴太郎、七海に甘え過ぎじゃないか?」
「あ、幸兄さん! そんな、甘えてなんて……」
「七海も、晴太郎を甘やかしすぎだ。もっと厳しくして良いぞ」
「はい、申し訳ありません、幸太郎様」
先程の七海と晴太郎のやりとりを見ていたのか、長男の幸太郎が声を掛けてきた。彼の隣には従者兼秘書である高嶋が静かに立っている。
幸太郎は中条ホールディングスの副社長で、この大企業のほぼトップに立ち引っ張っていっている人物だ。高嶋は幸太郎が幼い頃からずっと傍にいる従者で、その関係性は晴太郎と七海のものと近い。
「七海、少しいいか」
「はい。坊ちゃん、失礼しますね」
「おー、いいぞ」
幸太郎の横にいた高嶋が、七海を手招きする。何かここでは話せないことがあるのだろうか。幸太郎と晴太郎をデッキに残し、七海は高嶋に着いて室内に移動した。
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