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「……この町が『巨人の町』として知られていることは既に御存じかと思います。それというのは十二世紀頃にこの町で起きたある事件が元になっておりまして……奇妙なことに、あの戦争の最後の年にイーザーロンの町を守っていたのは、十二人の巨人からなる部隊でした。そしてその十二人の巨人の指揮官が、他でもない私だったのです」
「私は士官学校を修了した後、魔法生物兵器を運用する部隊に配属され、それ以来戦争が終結するまでのおよそ二十年間、第一線で働き、かつ戦いました。ルーシの共産国家との戦争の四年目、私は最前線で指揮を執っていたところを狙撃され、重傷を負いました。幸い一命を取り留め本国に送還されましたが、その間に帝国の戦線は東西南北、陸海空のすべての局面において崩壊し、敵の大軍は猛烈な勢いで帝国本土へ迫りつつありました」
「負傷から回復した私は原隊に復帰することなく、新設されたある特殊な部隊の大隊長として着任することになりました。それが巨人部隊(ギガントトルッペ)だったのです」
「巨人は、志願した人間を元にして生み出された兵器でした。耐久力では通常の魔法生物兵器に劣りますが、機動力において優越しており、なにより人間の言うことをちゃんと聞くのが一番の利点でした。ええ、当時の帝国においても人間を改造して魔法生物兵器化することは、紛れもない禁忌でしたよ。ですが、首脳部はそれを断行したのです……」
「陸軍首脳部は大型巨人を、『劣勢を一挙に挽回する秘密兵器』として位置づけていたようです。ですが、既に戦線は少数の巨人でどうにかなるものではなくなっていました。私が十二人の巨人とその補助人員を率いてイーザーロンに着任した直後、この地方は連合軍による完全な包囲下に置かれました。B軍集団の四十万もの将兵が逃げ場もなく、絶望的な戦いを強いられたのです」
「巨人たちはもともと、みな若い男子たちでした。年齢は全員十代で、一番若いのは十四歳でした。爆撃や戦火で両親を失い、生きる糧を得られなくなった子どもたちが、志願して巨人になったのです。いえ、志願というのはおかしいかもしれません。軍隊における『志願』というものは、得てして『志願せざるを得ない状況において』行われるものですから……」
「巨人たちとは通信機で話をしました。彼らの声はおどろおどろしいものでしたが、口調は子どもそのものでした。巨人というよりも、巨人の肉体が与えられた子どもと言ったほうが良いでしょうか。常にお腹を減らしていて、眠たげで、それ以上に苦痛に身を捩らせていました。無理な改造が全身に痛みをもたらしていたのです。内臓膜も骨格も神経細胞も、彼らの巨大な体を支えるには不十分なものでした」
「中でも一人、私が特に気をかけている巨人がいました。名前はモーリッツといい、当時十六歳になったばかりでした。空襲で両親を失った彼でしたが、結婚して他の場所で暮らしている姉がおり、そこに身を寄せれば軍隊に入る必要もなかったのですが、『両親の無念を晴らすために』志願したそうです。なんと、その姉はこのイーザーロンに住んでいると言います。『全力を賭して自分はこの町を守ります、部隊長殿』と彼はよく言いました。私は、そのように気負いこんでいる者ほど戦場では真っ先に死ぬものですから、彼に『逸るな、訓練されたとおりに動けば問題はない』と常に言い聞かせていました」
「私はイーザーロンに到着して以来、補給物資と輸送手段を確保すべく狂奔しました。特に、巨人が動くために必要不可欠な濃縮混合エーテル液を、なんとしてでも手に入れなければなりませんでした。巨人一人につき、一日に最低二トンものエーテル液が必要でしたが、なかなかそれを得ることができません。既に帝国の輸送網と工場は完全に破壊されていて、ありとあらゆる物資が不足していたのです」
「エーテル液がないと、巨人たちの動きは極端に鈍くなります。完全な状態ならば鋭く軽やかな身のこなしをする彼らも、エーテル液不足の状態ではまるで腰の曲がった老人のような動きしかできませんでした」
「ほどなくして、私は三人の巨人を失いました。いずれも装甲板を外して森の中で身を休めていたところを、敵の戦闘爆撃機の群れに襲われたのです。どうやらスパイが居場所を通報したようでした。雨のように降り注いだ爆弾とロケット弾によって、五十メートルもの巨体は無残に破壊されました。無線機越しに聞こえた彼らの最期の喘鳴が、未だに私の耳に残っています。最後まで彼らは、痛いとも怖いとも言いませんでした……」
「その後、私は九人の巨人を率いて敵の迎撃に向かいました。巨人たちはよく任務を果たし、迫りくる敵戦車を三十両破壊しました。上首尾とも言えましたが、しかしここでエーテル液が底を尽いてしまったのです。後退する最中、敵の重砲による射撃と航空攻撃を受けて、逃げ遅れた五人の巨人が足に傷を負い行動不能になりました」
「彼らをどうしても動かすことができないことを知った私は、決断を下しました。装置を起動して、彼らの心臓近くに埋め込まれていた自爆用爆薬を爆発させたのです。それは『敵による鹵獲を防ぐための処置』として軍律によって命じられていた行為でした……ええ、そうです。私が行ったことは間違いなく殺人です。私はこの手で、五人の少年の命を奪ったのです……」
「その後、戦果に気を大きくした司令部は、もう一度出撃するよう私に命じました……『拒否しなかったのか』ですか? ええ、拒否しませんでした。大義を失った勝ち目のない戦争であっても、司令部が機能し命令を送ってくる限りは、それに従うのが軍人というものです。それがどれだけ罪深いことであるか、自覚していたとしても……」
「再度の出撃は、何の戦果ももたらしませんでした。敵はまたもやスパイによって私たちの出撃を察知していたのです。ええ、その頃の帝国本土ではもう、厭戦感情が蔓延していました。誰も徹底抗戦などとは考えておらず、むしろ敵に内通し、我が軍の位置を通報する者まで続出するようになっていたのです。私たちは待ち構えていた敵の火線に捉えられました。三人の巨人が集中砲火を浴びてその場に崩れ落ち、残った一人も甚大な損傷を受けて、その場から後退しました。戦果はありませんでした。私たちは逃げ帰るだけで精一杯だったのです」
「残った一人の巨人こそモーリッツでした。私たちは敵軍に押し込まれるようにイーザーロンの町へ入りました。モーリッツが歩くたびに地響きが起こり、大きくて深い足跡が街路や地面に残されました。傷口から流れ落ちる血液が、そこかしこを赤紫色に染めます。広場に腰を下したモーリッツは無線機越しに私に言いました。『今度こそ自分は町と姉を守ります。エーテル液をください』と。私は部下に銃を持たせ、他の部隊の補給所へと向かわせました。銃で脅してでも良いから、分捕って来い、と。それは功を奏しました。なんとか五トン分のエーテル液を集めて、モーリッツに飲ませたところで、敵がやってきました」
「モーリッツは立ち上がると、武器を手にして戦いはじめました。彼が抱え持った重対戦車砲は次々と敵戦車を撃破しました。十両ほどの戦車を破壊されたところで、敵は一度部隊を下げると、今度は猛烈な砲撃を町中へ向けて放ち始めました。モーリッツの体の上で無数の爆発が起きました。周囲の建物も崩れ落ち、炎上しています。モーリッツが受けた砲弾は、軽く百を超えていたでしょう。それでもなお、彼は雄々しく立ち続けていました」
「砲撃の後、またもや敵戦車部隊が来襲しました。モーリッツはまた五両の敵を撃破しましたが、そこで弾薬が払底しました。こちらが弾切れになったのを敵は悟ったのでしょう、軽侮するかのように距離を詰めて、射的遊びでもするようにモーリッツに向けて戦車砲を撃ち始めました。彼の体から肉片と血液がバラバラと飛び散り、地面に雨だれのような音を立てて落下します」
「モーリッツは、そこで最後の力を振り絞りました。一旦しゃがんで力を蓄えると、一挙に力を解放して跳躍をし、敵戦車部隊の只中に下りたのです。離れた場所に立っている私でも恐怖を感じるほどの、猛烈な地震が起きました。敵戦車は、あるいは転覆し、あるいは走行装置が破壊されて、そのほとんどが戦闘能力を失いました。敵はまた撤退し、再度挑戦してくることはありませんでした」
「私はモーリッツの元へ走りました。彼は周囲に敵戦車の残骸が散らばる中、力なく座り込んでいました。手元の装置が彼の心拍数と血圧を示しています。かなり危険な状態でした。『よくやったな、お前は町を立派に守ったぞ、大戦果だ』と私が言うと、モーリッツは静かに頷きました」
「そこへ、何人かの男たちが集団を組んで私たちのところへ歩いて来ました。先頭の男は白衣を着た医師で、その周りは町長などの町の主だった者たちでした。厳しい表情を浮かべて、彼らは言いました。『ただちにその巨人を連れて、町から出て行って欲しい。これ以上町で戦闘を継続されたら、住民への被害が拡大し、町そのものも壊滅する。それに、病院はすでに負傷者で満杯となっている……』」
「町から出る。それはモーリッツにとって、死を意味しました。最後の補給拠点であるイーザーロンから離れてしまえば、エーテル液を手に入れることはできない。モーリッツは敵に反撃することも、攻撃から身を守ることもできなくなるのです。それに、イーザーロンを守備することは司令部からの命令でした。それを放棄するわけにもいきません」
「私は反論しました。しかし、医師は言下に否定しました。『そのバケモノが町にいれば、敵は今度こそ容赦せず、町ごと爆撃してくるだろう。もう時間がない。はやくバケモノを連れ出してくれ』と……町を守るために戦ったモーリッツは、町の住民からバケモノとしか見られていなかったのです。私は愕然としました」
「しばらく睨み合いが続きました。すると、無線機から声がしました。それはモーリッツの声でした。彼は、荒い息を吐きながら言いました。『自分は、町から出ます。森の中へ連れて行ってください。そこなら身を隠せますから……』と。そのようなことが口実に過ぎないことは分かっていました。森に行けば他の巨人と同じく、スパイによって居場所が即座に露見してしまうでしょう。ですが、私たちに他に選択肢はありませんでした。私たちは森へ向かいました。その時、モーリッツが高く跳躍して着地した時に出来たのであろう、クレーターのように巨大な足跡が、奇妙なまでに私の網膜に焼き付きました」
「暗い森の中で、モーリッツは私に言いました。『部隊長殿、今までお世話になりました。自分はもう満足です。早く自爆装置を作動してください』 私は言葉に詰まりました。他の巨人たちと彼の死の間に、価値的な違いはありません。ですが、私は彼がこれから迎えることになる死が、あまりにも惨めなものに思えて仕方なかったのです。せめて、なにか彼にはなむけとなるものはないだろうかと私は考え、そして思いつきました。私はなるべく明るい声音で言いました。『そうだ、モーリッツ。お前の姉をここに連れてきてやろうか。すぐに町から呼んでこれるぞ。住所を教えてくれないか?』と」
「すると、モーリッツは静かに首を左右に振りました。『部隊長、それには及びません。自分は巨人になってしまいました。姉は自分を見ても、誰であるか分からないと思います。それに……』 そこまで言ってから、モーリッツは深く溜息を吐きました。濃厚な血の匂いを纏った呼気が、強風のように私を打ちました」
「『小さい頃から、姉は巨人が大嫌いだったんです』 彼はぽつりと呟くように言いました」
「彼は私が自爆装置の準備をするのを、大きな目でずっと見ていました。そして、準備が完了したのを見届けるや、無言で頷き、そしてスッと瞼を閉じました。私は装置を作動させました……」
「その後、私は連合軍に降伏しました。二年間をアングリアの捕虜収容所で過ごし、それから東西に分裂した祖国に帰りました。軍隊時代の人脈によってバーベンベルク市の魔法生物関連企業に就職できた私でしたが、いつも気になっていたのはあのイーザーロンでの戦いと、モーリッツの最期でした。戦後、祖国はあの戦争を強いて忘れ去ろうとしているようでした。あの大きすぎる子どもたちの戦いと最期も、いずれ忘れ去られてしまうかもしれない。そう思った私はいてもたってもいられなくなり、途中で仕事をやめると、イーザーロンに移住することにしました」
「イーザーロンに着いて驚いたのは、戦争の爪痕が未だありありと残されていたことです。住民も減り、建物は半分以上が崩れたままで、戦後五年以上は経っているはずなのに、まったく復興していませんでした。聞けば、あの戦いで生活することができなくなった住民たちはこぞって他の大都市へと移って行き、今この町に残っているのは老人ばかりということでした。私は責任を感じました。彼らがこの町に住めなくなったのは、敵ではなく、私たちのせいではないかと……」
「その日から私は精力的に働き始めました。借金をして建設会社を興し、人手を集めて、建物の解体と建設に尽力しました。幸い、地方政府から助成金が出たこともあって、次第に会社の規模は大きくなり、それに伴って町にも人が戻ってきました。数年後、私は町長に選ばれました」
「私が特に力を入れたのは、公園の整備でした。あなたはここに来るまでの道中で、お見かけになりませんでしたか? あの公園のあの池は、まさしくモーリッツが高く跳躍した時に残した『足あと』だったのです。他の足跡は埋めましたが、私はあの『足あと』だけは戦争を忘れないためのモニュメントとして保存することにしました……」
「あの公園は、モーリッツたち十二人の巨人の墓場です。足あとの池の花と白鳥は、巨人たちの魂を慰めるでしょう。そのように私は願っていたのですが……」
「実は、私は心臓を患っておりましてもう長くありません。今期で町長職から退くことになります。私は事前キャンプ招致には反対でした。推進派は公園を潰して、そこに外国人選手も利用できる巨大なショッピングモールを建てようと主張しました。毎日議員たちと議論を交わし、もう少しで説得できるところまでいったのですが、ここで私の心臓がおかしくなりました。おそらく、信じていた私の息子までもが推進派に回ったのも関係したのでしょう。町議会での決議において、反対票を投じたのは一人の女性議員だけでした。そう、その女性議員こそ、モーリッツの姉です……」
「今では、これで良いのだと諦めています。足跡というものは、どれほど巨大であってもいずれ消えるものなのです。そして、町の住民があの戦争そのものの足跡を忘れようとしているのならば、町長としてそれを受け入れないわけにはいきません」
「そして、私が消えることで、戦争の痕跡の一切が町から消えることでしょう。いわば、私自身もあの戦争の『足あと』だったのです……あなたにお話ができて良かったと思います。記事を書き上げたら、是非私に送ってください。楽しみに待っています……」
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