ギガントマキアーの足跡

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 あの戦争から二十七年が経った。かつての魔術帝国は東西に分断され、混迷を極める世界情勢の中、祖国は未だ統合の兆しすら見えない。  それでも市民生活は格段に豊かになった。わずか三十年にも満たない期間で果たした目覚ましい経済復興は、世界史上類を見ないものであるのは間違いない。  政府は数年前より、復興のシンボルとしてのオリュンピア競技大会開催を望んでいた。営々たる招致運動は成功し、来年の七月にはミンガ市のスタジアムで開会式が執り行われる予定である。現在、国中で大会に向けた大規模なインフラ整備が推し進められている。  私は雑誌記者として、国境にほど近いイーザーロンの町に取材に訪れることになった。編集長から命じられたのは、「復興の名のもとに消し去られていく戦争の足跡を取材し、記事として纏めること」だった。  命じられるままに私は汽車に乗り、イーザーロンへ赴いた。「巨人の町」として知られている人口三万人に満たないその町は、外国人選手団の事前キャンプの一つとして指定されている。戦後になって国内でも随一の目覚ましい復興を遂げた町として有名だった。  これからの時代においてジャーナリストが果たすべき役割について考えを巡らせていると、汽車はいつしかイーザーロンの駅のプラットフォームに到着していた。  事前に文面で申し込んでいた町長への取材は、許可されていた。私は一晩身を休め、翌朝九時には宿を出て、町長公邸へ向けて足を運んだ。  ちょうどその日は土曜日だった。町は喧騒に満ちていた。ひっきりなしに大型のダンプカーや重機を積んだトレーラーが道路を行き交っている。住民たちは絶え間ない地響きと舞い上がる土煙を意に介した様子もなく、明るい顔をして散歩や買い物を楽しんでいた。事前キャンプ招致とそれに伴う町の改造を、心の底から受け入れているようだった。  道を行く途中、私はとある公園を目にした。遊歩道は赤レンガで綺麗に舗装されており、木々は丁寧に剪定されていて、花壇には花々が控えめに咲いていた。こじんまりとしたこの公園を、私は即座に気に入ってしまった。時間ならまだある。私は、少しだけ公園の中を歩くことにした。  特に私の気を惹いたのは、公園中央にある池だった。あまり大きいとも言えない、外周およそ三十メートルほどの、細長くいびつな形をした小さな池。池は静かに水を湛えており、中ほどには白く可憐なヒツジグサが浮かんでいた。二羽の大きな白鳥が寄り添うように泳いでいる。  仕事がなければ、穏やかなひと時を池のほとりで過ごせそうだったが、そろそろ町長公邸へと向かわねばならなかった。それに、その公園はとても「穏やかな」雰囲気ではなかった。入口付近には重機が何台も並んでおり、土砂を積んだダンプカーも停車していた。  この公園も、整備のために潰されてしまうのだろうか? 公園を出ながら私は考えていた。アングリア人ほどではないが、我が国の国民も公園や庭園を愛するものである。いくらオリュンピア競技大会に向けた町の改造のためとはいえ、あの美しい公園を潰すのは割に合わないことだと私は思った。  そのようにとりとめのない考えに耽っている間に、私は町長公邸に到着し、いつの間にか使用人に案内を乞うていた。使用人は私を応接室に案内した。  応接室の中には、私が会うことになっている人物が既にソファーに身を沈めて待っていた。 「ようこそ、イーザーロンへ。私が町長のホフマンです。アルバート・ホフマン」  グレーのダブルのスーツに身を包んだ町長は、ソファーから立ち上げると、にこやかな表情で私に握手を求めた。どことなく青ざめた顔色をしているのが、私の気にかかった。  町長はあらかじめ話すべき内容を整理していたのだろう。ファイリングされた資料を机の前に広げて私に示しつつ、深い知性を感じさせる口調で、順序立てて話を始めた。
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