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「辞めることになりました」
喫茶店のお姉さんが2020年の暮れに教えてくれた。
そこまで落ち込むこともなかった。
突然いなくなられるより寸分よかった。
それからしばらくぶりに顔を合わせた年始のいつか。
新年の挨拶を交わした。
お互いに“本年も宜しくお願いします”は言わなかった。
「お別れのつもりで来ましたよ」
そう伝えると、何か返事をしていたが、
意味も抑揚も感情も読み取れなかった。
気が早いでしょう、そんな内容だったはず。
辞めるお店には思い入れがあることを知っていた。
胸の片隅がずんと重いこの感覚は間違ったことをしている報せ。それでも切り絵を渡したかった。
がらりとした店内、お姉さんは隣の席に静かに腰をおろしてくれた。
赤い不織布の包装から額を丁寧に取り出し、持ち上げ、橙の照明にかざし、一緒に首を伸ばし、眺めた。
薄暗い店内は切り絵の魅力を伝えるのには不向きであったがお姉さんは”素敵”と言ってくれた。
2019年の暮、意を決して初めて話しかけたときのことを立ち位置まで覚えている。
「降っていましたか、雪」
人気作家が書いたつまらない小説のようだった。
あれから一年と少し経った2021年の年明け。
ある程度の自信も勇気も備わることはなかった。
間に合わなかった。
なんて素敵な人だ ったんだ
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