やなりの歌

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やなりの歌

「おはよう」 「おはようござい……あれ? それ」 「訊くな」  出勤し、私をみた同僚の目が丸くなる。「はあ」と言いつつ口を閉じだ彼だが、やはり気になるようでチラチラとこちらを盗み見てくる。そんな状態では、こちらも気になって仕方がない。ため息一つ、彼に向き合った。 「大丈夫だよ、別に気にすんなって」 「そんな大きなもの付けといてよく言えますね」  私のおでこには今、大きなガーゼが一つついている。熱冷ましシートと同等か少し小さいくらいの物なので、否が応でも人目を引いてしまうのだ。 「ったく……ここに『見ないでください』てマジックで書いておくか」 「いっそ『注目』とでも書いたらどうです?」  それで、と彼は朝支度を再開しながら言った。「どこかにぶつけでもしたんですか?」 「かもしれん。なんか知らんが、朝起きたら額に跡がついてんだ。目立って仕方ないから、こうやって隠してんだが」 「先輩って奇行を隠すためにさらに奇行を重ねるタイプですよね」 「一応絆創膏も試してみたんだが、ちょうどいいサイズがなくてなあ。全部隠すとなるとこれぐらい必要だったんだ」 「そんなに目立つんですか?」  訝しむ彼に、私はガーゼを外し、前髪を上げた。「あらら、これはまた……」と彼の目がまた丸くなる。 「な? 目立つだろ。痒みも痛みもないんだが」 「それを虫刺されだと思うってあたり、ひょっとして脳に何か影響を与える物なんじゃ……」 「何か言ったか?」 「いえ、なにも」彼がにこやかに笑う。「と言うか先輩。それ、どう見ても何かの足跡ですよね?」 「足跡?」 「イエス。二足歩行直立型、両足の足跡です」  彼の発言をきいて鼻で笑った。 「おいおい、なにを馬鹿なことを言ってるんだ。ここに足跡を付けようと思ったら、二本足で立つおよそ10センチ大の小さな生き物が寝てる間におでこの上に乗るしかないだろう」 「冷静に混乱してるのか、現実を直視したくないのか判断に迷うなあ……」 「人は三つ点が集まると顔と認識すると言うが、足跡についても同じなのかもしれんなあ」  取り外したガーゼを戻す。テープが髪につかないよう気をつける必要があったが、そこは彼に手伝わせた。奴のために外したのだから、それぐらいはやってもらわないと困る。 「と言うわけで、怪我ではないから心配はいらん」 「いっそ怪我であったほうが良かったと思うほど頭の方が心配ですが……まあ昨日もこんな感じだったから、一応は正常なのかな? バグだらけだけど」 「何か言ったか?」 「いえ、なにも。そんなことより、今日はずっとそれをつけるんですか?」 「赤みが取れたら外すよ。もし痛みとかでてきたら病院にいく。そんときは早退するから、仕事の方よろしくな」 「え? いやです」 「いやとか言うなや」 「僕は先輩で遊ぶために会社にきてるんですよ? なんで仕事しなきゃいけないんですか?」 「ここが会社でお前が会社員だからだよ!」
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