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90.その信頼を裏切らないよ
手早く身支度を終えた僕は、トリシャに合わせた着替えの襟を直す。ラベンダーのトリシャより濃いめの色だが、同じ紫系の青を身に纏った。
胸にトリシャと同じラベンダー色のスカーフを付ける。さあ、この罠に引っ掛かるのは誰か。この際だから、邪魔な貴族を一掃してやろう。悪い笑みを浮かべた僕に、ニルスが応じるように頷いた。
マルスとアレスを連れ、護衛やソフィと待つトリシャの隣に戻る。腕を差し出すと、するりと絡められた。トリシャの腕に手を添えて、僕は歩き出す。ドレスの裾を捌くトリシャは、姿勢を正して顔を上げていた。
「怖くない?」
「エリクが隣にいて、私が何を恐れるでしょうか」
「うん、今度は化粧直しにも着いていくよ」
「まぁ……」
くすくす笑うトリシャの肩はほどよく力が抜けて、リラックスしていた。背を伸ばした姿は凛として、堂々としている。僕が惚れたのは、こういうところだ。罵られて傷ついた心で、それでも顔を上げて堂々と振る舞える。トリシャの強さに心を奪われた。
「いつもより綺麗だよ、トリシャ」
いつも綺麗だと思うけど、今の君の輝きに勝る女性を知らない。卑屈さも遠慮がちな仕草もなく、まるで女帝のようだった。僕の隣に立つ女性として、トリシャ以上は望めないな。
戻ってきた広間の扉をくぐり、堂々と玉座の前を抜ける。会場に用意された円卓には、それぞれの王族が待っていた。舞踏会に参加するにあたり、各国の特産物を集めさせている。それらの説明を聞きながら、ニルスが届けたシャンパンをトリシャに手渡した。微笑んで受け取る彼女は、躊躇いなく煽る。その信頼を心地よく感じた。
僕も口をつけながら、いくつかのテーブルを回る。穏やかな微笑みを浮かべたトリシャは、王族の挨拶を会釈で受けた。一切の受け答えをしない。僕にとって好ましい態度だ。むっとした顔の王族も、僕のひと睨みで沈黙した。
5つ目のテーブルを抜けたところで聞こえたのは、罠にかかった獲物の声。
「あの方、さきほど青いドレスで」
「花瓶の水を浴びたとか?」
「あら、そうなの? よく出てこられたわね」
くすくすと笑い合うご令嬢3人は、派手な赤や黄色のドレスで着飾っていた。この中に立つと、確かにトリシャのラベンダーは霞むだろう。夜はトリシャの髪の虹も見えず、ただの銀髪だと思ったようだ。
僕が振り返ったため、彼女達は一度口を噤む。しかし咎めずに口角を持ち上げた笑みで、勘違いして頬を染めた。後ろで双子が顔を見合わせる。どちらが動くか、決めたのだろう。だから僕も視線を合わせて頷く。
「ご令嬢方、こちらへどうぞ」
誘うように促したアレスと僕を見比べ、嬉しそうだ。僕が君達を見初めたとでも? その思いこみの激しさが、今の発言に繋がったのかな。
「皇妃殿下への無礼を働いた者とお知り合いのようです。事情聴取をさせていただきます」
「え?」
「違うわ」
騒ぐ女性達を近衛兵が牢へ案内する。帝国は恐怖政治を敷いてきたから、拷問係や牢番は優秀なんだよ。ぜひ味わって欲しいね。見送った僕が視線を戻すと、トリシャがきょとんとしていた。
「どうしたの? トリシャ」
「あの方達、先ほどもお見かけしましたわ」
「そう……」
一瞬氷点下に下がった僕の冷たい声に、ニルスが追加の指示を出す。生きたまま宮廷を出られそうにないね。
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