91.さすがは僕の選んだ女性だ

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91.さすがは僕の選んだ女性だ

 詳細は後でソフィに聞き出してもらうとして、トリシャは滅多に離宮から出ない。僕が直接迎えに行った時くらいかな。だとしたら、先ほどと表現したのは化粧室の前だろう。一緒にいたか、覗いていたか。どちらにしても共犯だね。  詳細を聞き出したら、一族を含めて責任を取らせよう。彼女自身が愚かだとしても、そんな娘に育てたのは両親や周囲だからね。連帯責任だよ。 「トリシャ、食べてみたい物があったら言ってね」  話題を変えてトリシャの意識を逸らす。シャンパンはまだ半分あるね。歩きながら次のテーブルで足を止めた。ここは焼き菓子をよく献上する国だ。見慣れた菓子は、ジャムを宝石のように埋め込んで美しく輝いた。トリシャは欲しいと言わないけど、その視線がひとつの菓子の上に止まる。 「ソフィ」  命じる前に彼女は動いていた。焼き菓子を受け皿に載せ、まず自分が食べる。毒を確認するためしっかり味わい、それから同じ菓子を差し出した。国王夫妻は当然だとばかりに頷いている。これが本来の王族だと思うけど……トリシャがソフィから受け取った菓子を口に運び、頬を緩ませた。 「この菓子、後で注文させるよ」 「ありがとうございます。皇帝陛下、姫様とのご婚約おめでとうございます」  礼儀正しい夫妻に何か褒美を手配するよう、目配せで伝えた。帝国は各国の上に立つ存在だが、何でも搾取するわけではない。献上は向こうから申し出があった場合のみ受け付けるし、こちらが欲しいものは注文を出して対価を支払う。当たり前のことだけど、前皇帝である父は「献上」と称して物を取り上げてきた。  汚い手法は当然反感を買う。そんなことも理解できないくせに、力の強さだけで頂点に立った男だった。彼の手元で育てられた王太子も同じタイプだ。だからゲーム盤をひっくり返すのは、簡単だった。  3つほどテーブルを通過した時、トリシャの足元に何かが差し出される。男性の靴だ。もちろん足もついていた。引っ掛けようというのだろう。僕が注意するより早く、トリシャはぴたりと足を止めた。 「この足は踏んで良いのでしょうか」  微笑んで僕に問いかける。その微笑みはもちろん、彼女の機転にも胸が高鳴った。 「いや、トリシャの足が傷になったらいけないから……切り落とすことにしよう」  悲鳴をあげて床に伏して詫びる男は、あっという間に兵士に引き摺られて退場した。泣いて詫びるくらいなら、余計なことをしなければいい。貴族という称号は、そこまで思考力を鈍らせるものか。自分が特権階級であると認識し、増長した挙句に飼い主の手に噛み付くなら……飼い犬の躾と始末は僕の仕事だよ。  素晴らしい対応をしたトリシャに微笑み返し、青ざめている国王の前を通り過ぎた。この国に恩恵をもたらす必要はない。自国の貴族の管理もできない王族は、交代させなくてはいけないよ。  あの場でトリシャが自ら判断して足を踏んでも、僕はフォローするつもりだった。転ばないように支えるし、淑女らしからぬ彼女の振る舞いに正当性を与えるなんて簡単だ。気づいてから僅かな時間で、彼女は知識を総動員して判断した。最高権力者に決断を委ね、自らは一歩下がることを。  婚約者である皇帝を立て、でしゃばる事なく……やられっぱなしで引き下がる女ではないと示す。さすがだね。僕が惚れたトリシャは気高さを損なわず、この腕の中で柔らかく微笑んだ。
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