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「よう、片割れ。」
柔らかな、男性の声。
目が捉えたモノに、声を上げることも息を吸うことも、出来ない。
時間が止まって、まばたきもしないまま数秒。
本当に理解不能な出来事に遭遇したとき、人はこうなるのだろうか。
全身から血の気が引いて、冷たくなった指先が震えているのが分かる。
『…あ、』
目の前のソレは、椅子に腰かけ、立ち尽くす私を見てクスクス笑う。
「本当に来るとは思わなかった、案外ちょろい人?」
私が、いる。目の前に。
“私”は立ち上がると一歩二歩と2人の距離を縮めていく。
目が合っている。はずなのに視線が定まらない。
見ているモノが理解を超え、思考に追いついていない。
「しかしまあ、ここまで似てるとは。」
ぐん、と顔を覗き込まれて息がかかってしまうほどの距離感。
その瞬間肌を掠めた、甘ったるい香水とタバコが混じった匂いに、のけぞってその場で尻餅をついた。
「遺伝子ってすげえのな。」
上から差し伸べられた手を取れないでいるのは、すっかり動けなくなっているから。
“私”は大丈夫?と馬鹿にしたようにまた笑って、私の腕を掴んで無理やり立たせた。
触れられて感じる“私”の実体に、さらに恐怖心が増していく。
「はじめまして、双子の妹さん。」
そんな私を気にも留めないかのように、話を続ける“私”。
遺伝子、双子、妹__、男性の声で紡がれる言葉はちゃんと耳に届いているのに、頭が処理をしきれていない。
ただ、1つだけ分かったことがある。
私の手を優しく握り直した“私”が逸らすことを許してくれないその目には、
「小春にはそろそろ、夢から覚めてもらわなくちゃ。」
言い表しようのない、憎悪が籠もっている。
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