1.兄妹

6/6
前へ
/95ページ
次へ
「よう、片割れ。」 柔らかな、男性の声。 目が捉えたモノに、声を上げることも息を吸うことも、出来ない。 時間が止まって、まばたきもしないまま数秒。 本当に理解不能な出来事に遭遇したとき、人はこうなるのだろうか。 全身から血の気が引いて、冷たくなった指先が震えているのが分かる。 『…あ、』 目の前のソレは、椅子に腰かけ、立ち尽くす私を見てクスクス笑う。 「本当に来るとは思わなかった、案外ちょろい人?」 私が、いる。目の前に。 “私”は立ち上がると一歩二歩と2人の距離を縮めていく。 目が合っている。はずなのに視線が定まらない。 見ているモノが理解を超え、思考に追いついていない。 「しかしまあ、ここまで似てるとは。」 ぐん、と顔を覗き込まれて息がかかってしまうほどの距離感。 その瞬間肌を掠めた、甘ったるい香水とタバコが混じった匂いに、のけぞってその場で尻餅をついた。 「遺伝子ってすげえのな。」 上から差し伸べられた手を取れないでいるのは、すっかり動けなくなっているから。 “私”は大丈夫?と馬鹿にしたようにまた笑って、私の腕を掴んで無理やり立たせた。 触れられて感じる“私”の実体に、さらに恐怖心が増していく。 「はじめまして、双子の妹さん。」 そんな私を気にも留めないかのように、話を続ける“私”。 遺伝子、双子、妹__、男性の声で紡がれる言葉はちゃんと耳に届いているのに、頭が処理をしきれていない。 ただ、1つだけ分かったことがある。 私の手を優しく握り直した“私”が逸らすことを許してくれないその目には、 「小春にはそろそろ、夢から覚めてもらわなくちゃ。」 言い表しようのない、憎悪が籠もっている。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加