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「あれ、彩友美(さゆみ)ちゃんだ」  卯月と話していた京香が、ふと気づいて鳥居の方を見る。茶色のランドセルを背負った少女が歩いてくるところだった。表情は暗い。 「彩友美?」 「藤崎(ふじさき)彩友美ちゃん、小学五年生。前からちょくちょく来てくれてたから年の離れた友達ってところかな。二週間前にお母さんが交通事故で亡くなってからは、よくお父さんと一緒に来てるよ」 「ふうん……、おっと、こっちにくる!」  隣に立つ卯月に説明をしていると、彩友美が京香に気づき、足を止めた。 「あ…、…京香ちゃん」  卯月が見えていないかを確かめるよりも前に、京香は彩友美に近づく。 「こんにちは、彩友美ちゃん。学校はもう終わったの?」 「……うん。ねえ、京香ちゃん。死んだ人には、もう会えないんだよね」 「……お母さんのこと?」  急にどうしたんだろう、という京香の疑問に、卯月も同意するようにうなずく。 「うん。私、お父さんにワガママ言っちゃった。お母さんに会いたいって」 「……ワガママじゃないよ」 「でも、お母さん死んだんだよ。もう会えないの。声もきけない」 「お父さんに話したの?」  確か、彩友美の父親の名前は藤崎春満(はるま)といった。今日は見ていない。 「……うん。今日の朝、学校の前で別れるとき、お母さんに会いたいって言ったの。お父さん、困ってた。それは難しいよ、って、言われた。お家に帰って、写真を見て、袋を抱きしめようねって…」 「袋?」  骨壷を入れた袋のことかもしれない。ここはお寺ではなく神社だが、京香でもその程度の知識はあった。 「私と手をつないで歩いてくれてたお母さん、もういない…。お父さんにはワガママ言っちゃったし、嫌われたかも……」 「彩友美ちゃ―」  彩友美ちゃん、そんなことないよ。  そう励まそうとした京香の隣から、彩友美から見えないのをいいことに卯月が堂々と話しかけてきた。 「京香、この子の願いを叶えてあげよう!」 「ええっ?」 「……京香ちゃん?」 「な、なんでもないよ〜。ちょっとごめんね」  卯月の腕を掴むとぐいっと引っ張り、不思議そうに目をぱちぱちしている彩友美と距離をおく。 「卯月、どういうこと?」 「まだ小学生でしょ、会わせてあげようよ」 「でも……、死んだ人には会えないじゃない。神通力っていうのは、そんなこともできるの?」 「いやいや、さすがに生き返らせることはできないよ、もう骨になってるみたいだし。でも、幻を見せてあげることはできる」 「幻……」  幻でさゆみは母親と再会した気持ちになってくれるだろうか。 「それに、あたしの力を元に戻すには、どんどん人の願いを叶えていく必要があるの」 「だから彩友美ちゃんのお願いを叶えてあげるの?」 「うん。幻っていっても、えーと……人間でいうところの夢に見るってやつ。でもね、あたしは神様だからちゃんと温度も与えられるんだ」  彩友美ちゃんが会いたがっているお母さんは、彩友美ちゃんに会いたがっているはず。仲のいい家族だったから、きっと。 「何をすればいい?」 「あたしを受け入れる覚悟を決めて」 「わ、わかった。……彩友美ちゃんのためだもん、大丈夫だよ」 「よし、それじゃお邪魔しまーす!」 「えっ!?」  そんな簡単にひょいっと入れるものなの!?  驚く京香をよそに、卯月は確かに京香の中に入った。 「ねえ、彩友美ちゃん」  不思議なことに、京香は自分の視界は変わっていないものの、しゃべっているのが卯月だとわかる。 「お母さんに会いたいんだよね」 「うん……」 「彩友美ちゃんは賢いから、死んだ人に会えないことを分かってる。それでも会いたい、ということなら手伝ってあげるよ」 「京香ちゃんが?」 「そう。私じゃ頼りない?」 「ううん! えっと、どうしたらいい?」 「十秒くらい目を閉じてて。あ、おでこに触ってもいいかな?」 「うん、大丈夫。えっと……はい」  信頼する京香が言っているからか、素直に目を閉じる。卯月は小声でありがとう、と言って、人差し指と中指を立てるように手の形をかえると、彩友美のおでこに指先をあてた。  すると、卯月の台詞にあわせて、ランタンの灯のようにぼんやりと光が灯る。 「君の願いを聞き入れた者の名はミヅハノメ。あなたとお母さんがもう一度、話せますように」  その声はゆらゆら、ふわふわと空中に溶けていくような感覚で、京香や彩友美にはよく聞こえない。卯月が言い終わると、光は消えていた。 「はい、おしまい! 目を開けていいよ」 「あ……、えっと……?」 「ミヅハノメ様にお願いしたの。きっとお母さんに会えるよ。会えたら、お父さんにも話してあげて」 「……いいの?」 「もちろん。悪いことじゃない」 「……うん。ありがとう!」  彩友美の笑顔を見届けるようにして、京香の体から卯月が出ていく。 「……っ、はぁ……」 「京香ちゃん?」 「あ……、なんでもないよ」 「……そろそろ帰るね。また明日、来てもいい?」 「いつでも」  えへへ、と笑った彩友美はコクリとうなずき、帰っていく。揺れるランドセルを見ながら、京香はつぶやく。 「あんなふうに笑う彩友美ちゃん、久しぶりに見たなぁ」 「なら、明日はもっと笑うはず」  京香と卯月は、互いの顔を見てふ、とほほえみあった。
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