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 一方、藤崎家。すっかり夜も遅くなり、寝る時間だ。歯磨きを終えた彩友美は、部屋に戻る途中で、リビングにいる春満に声をかけた。 「お父さん、おやすみ」 「ああ、おやすみ」 「……私、お父さんのこと好きだよ」 「ん? お父さんもだよ」  そんな春満の返事に、落ち着いたのか彩友美はうん、とうなずく。  そっとリビングを出て、自分の部屋に戻る。電気を暗くしてベットに入り込んだ。 「……お母さんに、会えますように……」  いなくなってから夢でも会えていない母。今日こそ会えますように――。 ◇  遠くから声が聞こえる。彩友美が目を開けると、よく知っている女性が涙目で彼女を両手で抱いていた。 「……お母さん?」 「彩友美!」 「お母さん!」  小学生だからそれなりに重いはずなのに、気にしないように母の(いずみ)は彩友美をぎゅっと抱きしめた。彩友美もこたえるように、泉の背中に手を回し抱きつく。 「お母さん、さわれた、声、聴けた……!」 「彩友美、ずっと会いたかった」 「……お父さんが、お母さんにはもう会えないって」 「そんなことないでしょう。ほら、こうやって、彩友美を抱きしめてる」  優しい声に、彩友美は腕の力をゆるめて、泉の顔をそっと見上げた。 「……ごめんなさい」 「あら、どうしたの?」 「お母さんが死んだ日、私、寝坊しちゃって……」  泉が死んだ日。あの日はいつもの朝、のはずだった。遅刻しそうだからと、泉が自転車で彩友美を学校に送った帰り道。泉はスピード違反の車にひかれて亡くなった。 「お母さんが死んだの、私のせいなの、私がちゃんと寝て起きなかったから、だからっ……」 「彩友美。お母さんやお父さんが寝坊したことを怒ったことある?」 「……ない」 「悪いことならちゃんと怒るわよ。でも怒らなかった。その前の晩、頑張って勉強してたのを知ってるから。だからね、お母さんがそばにいないのは、彩友美のせいじゃない。不幸な偶然が重なってしまったの」 「……お母さんに、会えなくなったのは、最悪だよ」 「そうね。でも最高のこともある」 「そんなの……」  あるわけない。そう言いたい彩友美に対して、泉は笑って首を横にふった。 「お父さんは彩友美のそばにいてくれる。彩友美に知っていてほしいのよ。私も、お父さんも、あなたのことが大好きよ。他の誰よりも、あなた自身よりも」 「……また、会える?」  涙声での質問に、つられたのか泉の目にも涙が浮かぶ。 「彩友美が会いたいと願ってくれれば、きっと」 「……じゃあ、また会おう。約束」 「ええ、約束。彩友美のお母さんでいさせて。愛してるわ」  もう一度、と泉が抱きしめる。その感覚は、あの朝にも感じたぬくもりだった。
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