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肆
一方、藤崎家。すっかり夜も遅くなり、寝る時間だ。歯磨きを終えた彩友美は、部屋に戻る途中で、リビングにいる春満に声をかけた。
「お父さん、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「……私、お父さんのこと好きだよ」
「ん? お父さんもだよ」
そんな春満の返事に、落ち着いたのか彩友美はうん、とうなずく。
そっとリビングを出て、自分の部屋に戻る。電気を暗くしてベットに入り込んだ。
「……お母さんに、会えますように……」
いなくなってから夢でも会えていない母。今日こそ会えますように――。
◇
遠くから声が聞こえる。彩友美が目を開けると、よく知っている女性が涙目で彼女を両手で抱いていた。
「……お母さん?」
「彩友美!」
「お母さん!」
小学生だからそれなりに重いはずなのに、気にしないように母の泉は彩友美をぎゅっと抱きしめた。彩友美もこたえるように、泉の背中に手を回し抱きつく。
「お母さん、さわれた、声、聴けた……!」
「彩友美、ずっと会いたかった」
「……お父さんが、お母さんにはもう会えないって」
「そんなことないでしょう。ほら、こうやって、彩友美を抱きしめてる」
優しい声に、彩友美は腕の力をゆるめて、泉の顔をそっと見上げた。
「……ごめんなさい」
「あら、どうしたの?」
「お母さんが死んだ日、私、寝坊しちゃって……」
泉が死んだ日。あの日はいつもの朝、のはずだった。遅刻しそうだからと、泉が自転車で彩友美を学校に送った帰り道。泉はスピード違反の車にひかれて亡くなった。
「お母さんが死んだの、私のせいなの、私がちゃんと寝て起きなかったから、だからっ……」
「彩友美。お母さんやお父さんが寝坊したことを怒ったことある?」
「……ない」
「悪いことならちゃんと怒るわよ。でも怒らなかった。その前の晩、頑張って勉強してたのを知ってるから。だからね、お母さんがそばにいないのは、彩友美のせいじゃない。不幸な偶然が重なってしまったの」
「……お母さんに、会えなくなったのは、最悪だよ」
「そうね。でも最高のこともある」
「そんなの……」
あるわけない。そう言いたい彩友美に対して、泉は笑って首を横にふった。
「お父さんは彩友美のそばにいてくれる。彩友美に知っていてほしいのよ。私も、お父さんも、あなたのことが大好きよ。他の誰よりも、あなた自身よりも」
「……また、会える?」
涙声での質問に、つられたのか泉の目にも涙が浮かぶ。
「彩友美が会いたいと願ってくれれば、きっと」
「……じゃあ、また会おう。約束」
「ええ、約束。彩友美のお母さんでいさせて。愛してるわ」
もう一度、と泉が抱きしめる。その感覚は、あの朝にも感じたぬくもりだった。
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