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壱
いつもの朝、浅羽京香は実家――浅羽神社の境内をじゃりじゃり音を立てて歩く。砂利道は歩きにくいが、京香はこの音が好きだった。
京香は高校二年生。茶色いブレザーの制服に茶色の革靴をはいている。黒髪のポニーテールは体の動きにあわせてゆらゆらとゆれている。
今日は春らしくあたたかくて、どことなく風が運んでくる匂いも柔らかい。そこで、鳥居の近くで石畳を竹箒で掃除している未早が彼女に気付き声をかけた。
「あら、京香ちゃん。おはよう」
「未早さん! おはようございますっ」
冴秦未早、二十四歳。浅羽神社で権禰宜として勤めている女性だ。京香にとってはお姉さん的存在で、二年前に彼女が来てからあっという間に仲良くなった。
ちなみに、京香の父親、浅羽京二が宮司をつとめている。
「今日から新学期よね。がんばって」
「ありがとうございます。始業式だけなので、お昼過ぎには帰ってこれるかも」
「そうなの? でも、遊べるときに遊んでおいた方がいいわよ」
「寄り道できそうだったらしてきます」
「それがいいわ。いってらっしゃい!」
にこにこ、優しい笑顔の未早のことが京香は大好きだ。
「いってきます!」
笑って答えると、未早と別れる。
と、じゃりじゃり。歩く音が聞こえた。
「な―……、あれ?」
なんですか、と言おうと振り返るが、未早は竹箒を動かしている。そして、立ち止まった京香に気付き、どうしたの、と言いたげに子首をかしげた。
「京香ちゃん?」
「あ、なんでもないです」
「そう?」
確かに足音がしたが、未早がいるのは石畳だからあの音はしない。そして、砂利というのはある程度砂利の波も変わるものだが、足跡らしきものは見あたらない。
「……気のせいか」
きっと気持ちがふわふわしているからだ。そう自分に言い聞かせて、京香は今度こそ学校に向かった。
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