続・地獄 ver1.0

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そこまで語った女は、 何故か寂しそうな眼差しとなる。 残り少なくなったタピオカミルクティを ストローで吸う。 ズズズッと下卑た音が鳴り響く。 貴女にとっても、土曜のショッピングモールは天国なのか?と問う。 女は気色ばみ、早口でまくし立てるかのように答える。 「無為。  無為な質問。  その無為な質問とともに  吐き出された吐息こそ哀れ。  そんな質問が飛び交うから尚更、  このドトールは地獄なのよ。  30過ぎになった私に、土曜の午後、  一人でフードコートで丸亀製麺を啜れとでも?  勿論、丸亀製麺は大好きよ。  明日にでも行きたい気分よ。  でもね、フードコートで一人で啜る丸亀製麺ほど  生温すぎる天国は無いわ。  むしろ地獄に対して失礼よ。  地獄には、地獄の矜持があるのよ。  地獄には、冷たさと熱狂があるのよ。」 いや、そうでなくて、私と差し向かいで丸亀製麺を啜ることについて聞いているんだが? 女は驚いたかのように席を立ち上がる。 そして、テーブルに両手を付き、俺の顔を睨み下ろすかのようにし、言の葉を吐き出すかのように語る。 「差し向かいで丸亀製麺?  私にどう返せと言うの?  『それは地獄』なんて答えると思って?  いくら私でも最低限の礼節は弁えている積もりよ。  人と差し向かいで食事をする様を  『地獄』だなんて、流石にそれは言わないわ。  こう見えても、あなたにはそれなりに感謝は  しているし、恩義も好意も抱いているのよ。  『それは地獄』だなんて口が裂けても言えないわ。  かと言って、『それは天国』だなんて言ったら  何なのよ?  私がその状況に大喜びしているということ  じゃない?  面と向かってそれを認めろと言う気?  『秘するが華』ってご存じないの?  あるいは、『地獄でも天国でもない』という  答えをお望みなのかしら?  それはもう、倦怠期よ。  擦り合わせが済んだ二人なのよ、色んな意味で。  昼過ぎに二人でアパートで起きて、  二人一緒にショッピングモールに行く。  そして、喜ぶでも悲しむでもなく、  ただ差し向かってうどんを啜る。  それが定められたことであるかのように。  それが宛ら決まり切った儀式であるかのように。    あなたが2番か3番が、どちらを望んでいるのか、  私は知らないわ。  2番を経て3番、それがお望みなのかしら。  そうなのでしょうね。  そうあるべきよ。  そう望むがいいわ。  でもね、答えがどうであれ…  あなたがそのことを問うた時点で、  私はもう、チェックメイトなのよ。」 「私の負けよ。  私は負けたのよ、  あなたのその小賢しさに。」 「これは地獄での敗北よ。  東部戦線でのドイツ軍なのよ。」 女は無言でバッグを肩に掛ける。 そして、肩を落とすようにしてドトールを出て行った。 食器はテーブルの上に残ったままだ。 氷も溶け、ほぼ水になってしまったアイスコーヒーの残骸めいた液体をぼんやりと眺める。 スマホにメッセージが入る。 『先程は取り乱してしまい、大変に失礼致しました。  不意打ちのようにあのようなことを仰られたので、  つい狼狽してしまいました。  ご質問を拝聴し、つい色々と想像し、  大変に動悸が激しくなってしまったもので。  気持ちを落ち着けるためにお暇せざるを  得なかったことをご理解頂きたく。  あなたの仰ることは、つまることろ  「三十過ぎの私達は   昼下がりのジャスコで   向かい合って饂飩を啜る」  ということになります。  これでは退廃的な雰囲気の自由律短歌です。  行間に様々な欲望を込め過ぎだと思います。  僭越なお願いとは承知していますが、  もう少しオプラ-トに包んで頂ければと。  衆人環視の下では、あのような露骨なお誘いは  控えて頂けたら幸甚と存じます。  でもいいですね、丸亀製麺。  お誘い頂いて大変に嬉しく思いました。  先程、丸亀製麺のことを  あれこれ詳らかに申し上げた所為か、  うどん欲が抑え難きものとなりつつあります。  是非ともご相伴させて頂きたく。  現在、5時半ですので、  6時半に駅前の丸亀製麺でお願いします。  重ね重ねのお願いで恐縮でありますが、  何卒よろしくお願い致します。』 次は、丸亀製麺が地獄だ。
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