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すぐさま台所に戻ってスマホを掴む。
何だこれは、と画面に向かって手の平のチョコを突きつけた。
「バレンタインチョコですよ」
あっさりとした返答に、開いた口が塞がらない。小夜子は澄ました顔をしているが、わずかに口角がヒクヒクしている。笑いたいのを堪えているのだ。
「お前……騙したな」
バレンタインのチョコはないというのは嘘だった。正月に手の込んだものを作れと言ったことを、やはり根に持っていたのだ。俺にチョコを作らせて、大変さを思い知らせてやる計画だったのだろう。
恨みがましく睨みつけると、小夜子は片眉を上げる。
「人聞きが悪いですね。ちょっとしたサプライズですよ」
「何がサプライズだ。時間とらせやがって。チョコがあるなら、それを送るだけでよかったじゃねえか」
俺はグチグチと文句を垂れる。
小夜子に踊らされたことが気に入らない。こっちが殊勝に従うのを、面白がっていたのだ。想像するとさらに腹が立ってくる。
「そんなに不機嫌になることないでしょう」
小夜子がなだめてくるが、俺の腹の虫は治らない。アイツが呼ぶのを無視して、俺はスマホの画面を伏せた。
これでアイツの顔を見なくてすむ。だが、音までは防ぎようがなく、耳に溜息が入ってきた。
「……バレンタインを楽しみたかったんですよ」
そんな言葉がぼそりとこぼされた。
「チョコを送っただけじゃ、それで終わりになっちゃうでしょ? もっと、ちゃんと楽しみたかったんです。でも、会いに行くことはできないから、何かサプライズできないかなって」
「それで、チョコを作らせたってのか?」
サプライズされる側の俺が、何でチョコを作らなくちゃいけないんだ。
「でも、楽しかったでしょ? 清久先輩とチョコを作れて、私は楽しかったですよ。作った後に、ないと思ってたチョコが本当はあってドッキリ大成功! みたいなことがやりたかったんです……けど……」
言いながら音量が小さくなっていく。計画通りに進めたものの、徐々に自信がなくなってきたらしい。
俺はスマホに近寄って持ち上げる。画面には不安げに眉尻を下げた小夜子がいた。
言葉を探して何度か口を開けた後、楽しかったよ、と消え入りそうな声で俺はつぶやいた。だが、アイツには届かなかったようで、え? と聞き返されてしまう。
「あー、だから、楽しかったって言ったんだよ!」
やけくそで怒鳴った。アイツを直視できなくて、顔をそらす。
けれども気になり、ついちらりと横目で見ると、小夜子はほんのり頬を染めて微笑んでいた。
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