第四話 西方の脅威

1/4
前へ
/28ページ
次へ

第四話 西方の脅威

 諸葛亮の死は、蜀の地でも瞬く間に広まった。かつて、皇帝の側近であった李厳は、 「やはり死んだか。責を背負いこみ、毎日の激務であっただろう。惜しい人物だが、自分で身を滅ぼした」  と言い、庶民に落とされた廖立は、 「ああ、丞相が死んだ。俺はもう、復職できる機会を失ったのだ……」  と、諸葛亮の死を嘆いた。  成都では、第五次北伐での論功行賞を行った。劉禅は、司馬懿の攻めを食い止め、最後は殿を務めた王平を第一勲章をと讃えた。次は、敵陣へ果敢に攻め、攻めの突破口を開く働きをした張翼。魏延の裏切りを止めた、馬岱や、諸葛亮を補佐した楊儀、敵の兵を多く薙ぎ倒した王平軍副将であった句扶が選ばれた。そして、最後に廖化が呼ばれた。  廖化への評価は、他の将軍達は賛否両論があったが、蒋琬は、声を高く皆に話した。 「王平や張翼は、確かに敵を撃破し、打撃を与えた功がある。だが、廖化の軍は、もう一つの功がある」  向寵や陳到が声を挙げ、否定し始め、 「蒋琬殿、敵に打撃を与えずに、何の功があると?」  とまで言う者もいた。 「廖化の軍は、敵陣の猛攻に耐えたが、味方の損失が、他の軍より遥かに少ない。馬岱、張翼の十分の一も無いのだ」  皆、静まり返った。向寵は、そのことを聞き、改めて廖化の守備力を評価した。 「夷陵の戦いでは、敵からの守り方を教わったが、やはり鉄壁の廖防陣は未だに顕在であったか。否定して申し訳ありませぬ」  と、手を組み、頭を下げた。廖化は、向寵を起こし、肩を叩きねぎらった。劉禅より勲章を貰い、誇らしげに皆にかざした。 二三八年春、廖化は、丞相の後を引き継いだ蒋琬や姜維等と話し合い、北伐は国の疲弊度合いから暫く見送った。この四年間は、力を蓄えることに専念してきた。魏も、王平と張翼が国境を守っているため、攻めきれずにおり、安定した政治を行えていた。司馬懿は、諸葛亮の死後、魏国内で、政治の不安定があり、中央に戻っていた。 廖化は、漢中方面の屯田を行っていたが、周辺の異民族の反乱が各地であり、南中、氐、羌、匈奴の族が、小出し暴れ回り抵抗した。蜀軍は、各地の将軍に命令を出し、反乱因子を平定するため軍を派遣した。廖化は、遊軍として、各地を奔走することとなり、初めは、南へと向かうこととなった。 五十も過ぎ、共に歩んだ妻、蘭も頭が白くなり老け込んだように思えた。廖化は、連戦に次ぐ連戦で、我が子を見ることもままならぬ時間が多く、今、久々の有意義なひと時であった。子は二人で、嬰(えい)という女子と、興(こう)という男子が一人づつ儲け、十才位に成長していた。廖化は、また戦へと出向くため、妻と子に話をした。 「南中へと戦へ向かう。今度は帰れないかもしれぬ」 「また、貴方はいつもそんなことばかり」 「父上は、蜀軍の中でも一番強いんだ。特に守りは鉄壁だって聞いたよ」  顔を綻ばせ、 「興よ、その話をどこから聞いたのだ?蜀軍には、屈強の将が多くいる。お主も負けないように鍛錬せよ」 「はい、父上」  そう言って、準備を整え出かけた。共に、句扶が従軍し、南中郡で待機している、張嶷と落ち合った。  敵は、越嶲郡や牂牁郡より南の反乱因子で、張嶷が巧く反乱因子より領土を守っていた。 「さすが、張嶷殿ですな、質実剛健である」 「おお、廖化殿、句扶殿、援軍ありがたい」  張嶷は、叩き上げの将軍で、武勇だけでなく行政の手腕にも優れており、西方や南方の異民族からも慕われており、反乱因子は、張嶷のおかげで平定されていたと言っても良いほどであった。  句扶は、身柄が大きく剛健な男で、大刀の使い手、張飛を彷彿させる男であった。彼の勇猛果敢な戦い方は、廖化も舌を巻いていた。  三軍は、南に陣取り、敵と対峙した。敵の兵数の三倍はある蜀軍に負けることは無く、数日の白兵戦で、損害も少なく南中以南の賊は討伐された。張嶷と句扶と祝杯を上げ、語り合った。 「魏や呉が国内で争いがあり、他国へ戦をしてない今、周囲の異民族平定をする必要がある」 「ああ、これで南方は平定されたし、張嶷殿が居れば、そう反乱してくるものはおるまい」  張嶷は、二人を見て、 「かつて、五虎将軍という伝説の将達がいたが、次世代の関興殿、張苞殿は死に、陳到殿中央に就いている。馬岱殿は、魏との戦いの後に病に臥し亡くなった。張翼殿は、異民族を手名付けられず、派遣先を交代させられた。その次の蜀を率いていく将軍達は誰だ?」  張嶷は、不意に国の将来の話を言い出した。廖化は、それを聞き、 「軍統率する大将軍として東の鄧芝殿、南の馬忠殿は健在、軍事では北の王平将軍がいる」  王平、馬忠、鄧芝はそれぞれ、魏や呉、異民族等を平定するために派遣された方面での将軍地位を与えられた。三人の将軍達は、蜀の柱であった。 「廖化殿、句扶殿、王平将軍は別だが、鄧芝将軍も馬忠将軍も若くはない。次世代は、あなた方が担う、そう信じている」  張嶷は、不意に口にした、将来の蜀を率いる将は、王平、句扶、張翼、廖化だと。 「他の御三方はそうかもしれないが、この俺は、あまりにも凡庸過ぎる」 「将に必要なのは、腕の力ではなく、周囲に信頼できると言わせる勇気と仁義である。廖化殿は、誰よりもそれがある」 「張嶷殿、褒めすぎですよ」  皆で、酒を酌み交わし、笑った。 南中平定から、廖化と句扶は、西方の異民族討伐のため、急遽、漢中へと移動した。途中、王平と張翼も軍を率い、魏と密通して蜂起していた羌族との戦いとなった。  句扶は、南中での張嶷の言葉を思い出し、 「王平殿、張翼殿と、廖化殿と俺、蜀を率いる四将が一同に集まったな」 「四将とな、確かに軍功や戦の戦歴から見ても我々は、蜀軍で上位を誇る」  王平は、誇らしげに笑った。張翼は、真顔で、 「戦があれば、目の前の敵を破る。それだけの事」 「真面目な奴だな、張翼殿は」  句扶は、笑いながら言った。廖化は、この三人と肩を並べられるとは思いもしなかったが、お互いをお互い認め合っているのだと感じた。  
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加