第二話 司馬懿対諸葛亮

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 「どっちだ」 「廖化殿、あそこに何か落ちております」  司馬懿の兜を見つけた廖化は、左の道に司馬懿が行ったものと考えた。 「こっちだ!」 廖化は、左の道に進み、奥深く入ったが、司馬懿は取り逃がした。 「しまった、違う道だったか。やはり、司馬懿は、稀代の策士家」  退却した魏軍は街亭まで退き、陣を整えようとしていた。命拾いをした司馬懿は、 「馬鹿正直も、時には仇となる」  廖化の、真っ直ぐさを裏手に取った行動であった。 王平と廖化は、数日の間で急いで陣を纏め、漢中へ帰還した。諸葛亮は、廖化が司馬懿を取り逃がしたと聞き、 「関羽将軍ならば、司馬懿の首は今頃目の前にあっただろう」  と、蜀軍の逸材の不在を嘆いた。  一足早く漢中に入っていた諸葛亮を、劉禅の特使として費禕が迎えに来ていた。諸葛亮は、費緯に、 「出迎えありがたいが、何用であったか?」 費禕は、 「李厳が、丞相は魏と結んで、金を受け取り休戦をするよう画策しているとの話です。この度の撤退は、そのためで、丞相を捕えるよう命令が下されております」 「何と?」 「帝は真偽を確かめる為、私を遣わした次第です」 諸葛亮は、一連の事態が全て李厳の謀だったと気がついて愕然とした。かつて、劉備の死に際に、劉禅と共に枕元に呼ばれた二人。 「李厳、何故、この私を恨むのか……」 諸葛亮は、珍しく嘆き怒りに満ちた表情を面に出し、即座に李厳を捕え、尋問した。李厳は、厳しい尋問の結果、 「山道の補給路が険しいことに、数日間も補給が滞ったことを、諸葛亮に処罰される恐れがあり、虚言を流し、北伐を撤退させた。さらにその嘘を隠そうと劉禅や重臣にまで、魏と諸葛亮が秘密同盟を結んでいると流言を謀った」 と白状したのだった。諸葛亮は李厳の官職を剥奪し庶民に落とした。獄中、李厳のところへ訪問した諸葛亮は、 「我らは、先帝の御前に呼ばれた二人。あれから、お互い、国の事で忙しく、話もしなくなった。しかし、何故、李厳殿は、私を嫌う?」 「丞相、儂は、嫌ってはいない。ただ、北伐は反対だった。国が疲弊し、民は苦労している。蜀は、周囲が自然の要塞となり、攻められても守りに易い。だから、国を安静に守っていたかっただけだ」 「李厳殿。話は分かる。しかし、北伐を行わなければ、いずれ魏が蜀を攻め滅ぼしにやって来る。そして、漢帝国復興の先帝との約束がある。だから、北伐はしなければいけなかったのだ。分かってくれ」 「フ……。丞相、その硬い考えと、自分に厳しいところが、身を滅ぼしますぞ」 「李厳殿、補給担当の要職には、息子の李豊が引き継いでもらう。そして、今から、獄中から出られ、邦に帰られよ」 「息子を、要職に。ありがたき幸せ。私は、梓潼に帰らせていただきます」  李厳は、投獄から解放され、一人故郷へと帰って行った。  数日後、李豊は、諸葛亮に謁見し、李厳の処罰を軽減して貰えたことを感謝した。 「父、李厳は故郷で悠々自適に生活をしておりました。おかしな話ですが、ここ成都にいるよりも晴れやかな顔をして、畑を耕してボロの服を着ております」  李豊の話に、諸葛亮は頷き、 「その気持ちは重々に分かる気がする。先帝が三度隆中に迎えに来てくれる前までは、この私も晴耕雨読をしている、ただの農夫であった。李厳が羨ましくもある」  高い空を見上げ、呟く諸葛亮であった。
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