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800字小説
ある時、友人と全く連絡が取れなくなってしまった。気になって彼のアパートに行ってみると、既に別の人が住んでいるようだった。僕には、新しい住人に話を聞いてみる勇気はなかった。
そういえば最近、ネットで気になる記事があった。自分の息子が、実子ではなかったという内容だ。産まれた時に取り違えがあったらしい。両親は本当の息子と会うために全国を探しているという。記事のコメント欄に息子の生年月日が書かれていた。それは友人と同じものだった。その時は気にしていなかったけれど、もしかして取り違えられた片方の子は、彼なのだろうか?
カッチーニのアヴェ・マリアもアルビノーニのアダージョも、実は二十世紀になってから作られた、時代も全く異なる偽作だと僕が知ったのは最近のことだ。クラシック通の友人が、なぜカッチーニのアヴェ・マリアをバロック音楽だと言ったのか。もしも、彼が偽作をあえて好んでいたとしたら。
僕の脳裏に、大好物のカニカマを頬張りながら発泡酒を飲んでいる友人の姿が浮かんだ。彼は自分の出生の秘密を悟っていたのではないだろうか。そしてその運命を受け入れ、歩み続けるために去ったのかもしれない。
僕は彼の幸せを強く願った。
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