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隔離されたおっさん
んーんー。んーんー。やっぱり正男の胸には音楽が鳴り響いていた。
「で。だ。正男。地上最強のスーパースプレッダーになった感想はどうだ?」
土地の一部を借り受けた地主のおっさんは言った。
庭は共用だがお隣さんだった。
「聞いてるのか?こけら落としコンサートの前に会場で大暴れ、我が物顔で大騒ぎしたもんでお巡りさんも手が出ない。だけど俺に捕まりここに放り込まれたポルポルくん。野良犬と駆けっこしても負けちゃうんだなお前は」
今、正男は恐ろしく分厚い樹脂の壁に覆われていた。破壊不能のオリハルコンの粒子が配合された檻の中にいたのだった。
「うるせえな勘解由小路。俺はちゃんと帰ってきたんだ文句あるか。大体反響がよすぎるぞこの檻。厚さ5メートルの特殊樹脂の檻じゃないのか?」
「あれだ。アースツーのおぼこ眼鏡の身内の音響研究家にスピーカーの位置を指定してもらった。だけどな、お前の所為でオモチャが壊れたままになっとる。さっさと帰ってこれるといいな。空間を抜ける技術が封印されていて、俺ですら出られん造りになっているがな」
ハデス封じの牢を、わざわざ勘解由小路が作ったことで、勘解由小路は神の癖に議員をやっていられるらしい。
普通の牢に勘解由小路を入れると言うのは想定していなかったらしい。
脱出不能の特殊牢、覇王の戒め、「カノッサ」。これが開かれると聞き、日本のトップは戦慄したと言う。
まさか正男が収監されるとは思っていなかったが。
「ネタが古いぞおっさん達。ああ痛え」
苦痛に呻くライルを一瞥した。
背骨を粉砕され、本来は致命的なダメージを受けていたが、ライルの傷を雑に治したのは勘解由小路だった。
「まあ要するに、大したもんだお前は。ライルに静也に温羅に山ノ上。あと俺とほとんどの僕。日本全域は勿論、全世界でパンデミックを引き起こした空気感染する病禍に、見事全員感染して隔離されている訳だ。ここまでやるとは思ってなかったぞ。こけら落としどころか建て直しだあの会場は」
死ぬ一歩手前まで疲弊した風間静也が言った。
「芭蕉扇をここまで無効化されるとは思わなかった。強すぎるぞ先生。ゴホッゴホッ!おかげで美紀を抱っこすら出来なくなった」
「まああれだ。マジギレして暴れたのは認めるよ。温羅に若頭、悪かったな。そう言えば、あっちにいる奴は誰だっけ?ピクシー連れてる若造は」
「この越中の安心!内蔵助を誰だとはあまりに無礼であろう!儂は黒母衣が先陣、佐々成政と草の霞である!故あって魔上皇に引きずり出され、うええ?やるのお?となったが、結果戦わされ風上にいたにも関わらず、何故か罹患して隔離されておる!エマあああああああ!ユーラあああああああ!助けてええええええ!」
ああそうだライルの仲間の奉行だったこいつ。
そう言や何で奉行なんだ。
「感染してた奴に勝手に近づいた馬鹿妖精コンビはどうでもいい。しかし驚いたぞ。たった1日で罹患者5千人。今じゃあ15ヶ国に広まって、罹患者が倍々ゲームで300万人を越えている。空気感染と解ったのは俺の慧眼で、WHOの事務局長と知り合いだったから今のところ死者が出ていない。感染源を追いかけていると行き着いたのがお前だった。妖魅ですら感染する最悪の病禍を前に、既にお前の嫁や子供達が感染している。今集中治療を受けているから死ぬことはないから安心しろ。ただなあ、俺が用意した布陣を力ずくでぶち破るとは思わなかったぞ。神が罹患するかどうかってのはあったんだが、真っ先に唸ってるのは弁天だった。おかげでアースツーの神、アンズにエラルっていつもの連中すら近づかん。ああ、今完全防護のサラトガスーツ着た田所が気にかけてた静也が動かなくなった。俺は幸運ながら無症状だが、俺ですらマコマコのおっぱいに帰れんのだ。責任とれ正男」
「知るかってんだ馬鹿がああああああ!」
思い切り壁を殴り付けた。
凄まじい振動があった。
「今の一撃はほとんど神の領域だ。戦力の逐次投入は下策中の下策だが、お前はあえて勢揃いさせた俺の手駒を完全に圧倒した。お前の混元傘mk-2が温羅の鎧を砕き、山ノ上の具足を破壊した。鬼の性質を分ける全ての色を巧みに使い、静也やライルすら無力化された。剣舞を腕力で凌駕するとは驚きだ。俺の弟子はほぼ完璧に僕を扱ったが、まさか戦部さんにすら勝っちまうとは思わなかったぞ。最終的に涼白さんに無理に協力を仰ぎ、見事お前は自ら収監された。そうだな?正男」
ああ。苦しそうなハナちゃんを見て、正男は傘を収め、厳重な監視の元、自ら護送されていった。
「お前は俺と同じ無症状のキャリアだ。多分緑鬼の性質が思わぬ効果を上げた。非活性だった緑鬼の性質が、この病禍を更に恐ろしいものに変えた。マサオウィルスと名付けられたこの馬鹿馬鹿しいもののワクチンは、出来上がるまでまだかかる。出来上がる頃には世界は終わってるだろうよ。そこで質問だ。俺は、お前から目を離さなかった。それは本当だ。お前が金がない、芽が出なかった頃から知っていた。業界の重鎮をぶん殴り、全く仕事がなくなって、死のうと下らん自殺未遂を繰り返していた。東尋坊から飛んで痛てで済んだ時は笑ったぞ。ただな、俺の関知を越えたところでお前に何かがあった。それは間違いない。俺と会った後ではない。お前は俺の身近にいた。空気感染する病禍に気付いたのは俺の目だ。俺の目の届かないところで、お前は病禍に触れた。いつで、誰だ?」
正男は驚いた。そして納得した。東尋坊から飛んだ時は、尻を嫌と言うほど痛めたのだった。
更に、正男は思い返した。
今、この檻の中から、勘解由小路の周りまで、この隔離エリアには、黒い霧が立ち込めていた。
これが、マサオウィルスだと言うことは今は解る。
そして、正男は、この霧を確かに見たのだ。あの時、あの場所で、あいつと。
「多分、いや、間違いなくお前の知ってる奴だ。俺が会い、酒を飲み、話を聞いたのは」
ほう。意外そうな顔をして勘解由小路は問うた。
「そいつは?」
「小学校時代、俺達と同じクラスにいた御神楽寿一だ。今なら解る。あいつは、俺のことを知っていたんだ。勿論お前のこともな」
「カグか。ああそうかあいつか」
勘解由小路は、強く納得した。
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