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5.湖の休日 ※
「由千!」
放課後、文芸部に向かって歩いていたぼくは、アキのクラスの前を通った。
ちょうど、教室を出てきたアキに呼び止められる。
「今度の土日、オフになったんだ」
「えっ、珍しい」
「そうなんだ。久々に休みなんだよ。だからさ」
アキの切れ長の目が、何か言いたげにぼくを見た。
すぐ近くまで来て、耳元で囁かれる。
「デートしよ」
あやうく手にしていた紙の束をばらまきそうになった。
もちろん、一も二もなく頷いた。
アキと二人で過ごせる休日なんて、本当に久しぶりだ。
嬉しくて、楽しみで、素直に「嬉しい!」と言ったらアキが眉を顰めた。
「由千、その顔」
「へ?」
「かわいすぎて反則」
そう言うアキの頬が赤くなっていた。
★★
そして、デート当日。
先日の甘い言葉とは裏腹に。
⋯⋯ぼくたちは、二人揃って寒さに震えていた。
目の前には、満々と水を湛えた広大な水面が広がっている。
見渡す限りの凪いだ湖には、晩秋の穏やかな日差しが注がれていた。
天気は晴天。爽やかな空には雲一つない。
空の青と湖の青の見事なコントラスト。その周りを紅葉で色づいた山々が囲っている。
ふと、サリオたちと見た離宮の池を思い出した。
「⋯⋯すごいな」
「きれいだね」
「なあ、寒くねえ?」
「⋯⋯うん」
「由千、何でここに来ようと思ったんだ⋯⋯」
「だって、一度来てみたかったんだもん」
「だもん、て、お前⋯⋯」
確かに寒い。予想以上だ。
湖はきれいだけれど、時期を間違えた気がする。
アキもぼくも一応防寒着を着てはいるけど、冬用というほどしっかりした服装じゃない。
ちらほらといる観光客は皆、温かそうなジャケットや薄手のダウンを身につけていた。
このままじゃ、間違いなく風邪をひきそうだ。
自宅から電車とバスを乗り継いで2時間半。都心のオアシスと銘打ったダム湖にやってきた。
広大なダム湖は、エリアが幾つにも分かれている。隣接した広大な公園は、家族連れに大人気!ってホームページにあったけど、ぼくらが思う公園のイメージと全然違う。画面で見るより、実物はすごい。
これは⋯⋯キャンプの時にくるとこ?だよね。
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