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たしか、このダム湖の話を聞いた時は夏だったと思う。
「1日に2回ある観光放流シーンが大迫力!地下に繋がってるケーブルカーなんか、短いけど、すごい急角度!!」
そう教えてくれたのはマッキーだったはずだ。
しかし、そこは黙っていよう。
湖上を吹く風にさらされているアキは、無言だった。
マッキーの名を出した途端に、アキの体からブリザードが吹き出しそうな気がする。
「ご、ごめんね。もっと、デートらしい場所の方が良かったよね」
アキは、たぶん色々考えてくれていたんだと思う。
「どこか行きたいとこある?」と聞かれて、何も考えずに思いつきで答えたぼくがいけない。
すっかりしょんぼりして、アキの服の袖を引いた。
「誰も、いないな」
「うん」
バス停の周りにはお店があったから、少なくても人がいた。
そこから離れてどんどん歩いて行くと、周りにはもう誰もいない。
ぐるりと振り返っても、湖の上を羽ばたく鳥の姿が見えるくらいだ。
ダムの成り立ちを考えれば当然なんだけど、山と自然ばかりが目につく。
「じゃあ、俺がこうしても、お前は怒らないよな」
アキはそう言って、いきなり、がばりとぼくを抱きしめた。
ぎゃあああ!!!と叫びそうになったところに、アキの蕩けそうな笑顔が見えた。
⋯⋯そんな顔されたら、何も言えないじゃん。
頬が急に熱くなるのがわかる。
アキがぼくを抱きしめると、ぼくはアキの腕の中にすっぽりと入ってしまう。
「はー、久しぶり。このサイズ感。腕の中におさまる感じが好きなんだよな」
アキがぼくのおでこに一つキスをして、肩口に顔を擦り付けてくる。
「充電、充電」
頬だけじゃなくて、冷えていた体までどんどん熱くなった。
真昼間に外でそんなことをされたことがないから、誰もいなくても動揺してしまう。
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