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「ぼくたち、どこにいても変わんないよね。放流はすごかったけど、一緒にご飯食べて話してるだけじゃない?」
「いや、そんなことないって」
アキが首を振った。
「由千、知ってるやつがいるとこでベタベタされるの、嫌がるだろ」
黙り込んでいると、アキが笑う。
「ここなら、いくらベタベタしても嫌がられない」
確かに、そうだった。
アキは気にしないみたいだけど、ぼくは結構気にしてる。
この湖には来てみたかったけど、本当は海でもどこでもよかったんだ。
⋯⋯アキと一緒なら。
いつもの場所から離れて二人で話す。手を繋いで歩く。
そんなことが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
カフェの前の遊歩道には、湖が見えるように等間隔でベンチが設置されている。
アキと並んでそこに座った。
ベンチに置いていたぼくの手にアキが触れる。
「冷たい」
そう言って、ぼくの手を掴んで自分の口許に持っていく。
はあ、と熱い息を吹きかけられて、体が震えた。
「俺、今日は由千とここに来られて良かったな」
上着のポケットに、ぼくの手を握ったまま入れながら、アキが言った。
「うん⋯⋯ぼくも」
ポケットの中は、二人分の熱でほかほかと温かくなった。
二人で自宅まで帰り着いた時は、もう夜だった。
ぼくの家は、明かりがついていなくて真っ暗だ。
「あれ?」
驚いてLINEを見る。
母から、今日は父と二人で祖母の家に泊まる、と連絡があった。
そういえば、田舎までおばあちゃんの様子を見に行くって言ってたっけ。
「今夜、父さんと母さんは帰ってこないって言ってる。おばあちゃんちに泊まるって」
LINEを見ながら言うと、アキは黙り込んだ。
そして、いきなりスマホを取り出して電話をかける。
「あ、陽菜?俺。今日、由千の家に泊まるから母さんたちに言っといて。うん、おばさんたちいないし、由千一人じゃ寂しいだろ」
その後、妹の陽菜ちゃんに何か言われたらしくて、速攻で電話を切っていた。
目を丸くしているうちに。
ぼくは今夜、アキをうちに泊めることになっていた。
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