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②
久しぶりに店に顔出したヒデちゃん。
ソファーに深く座り、おしぼりで首のあたりを拭いている。
席についたリナに笑顔を向ける。
ーーーーーーーーーーー
いやあ、疲れた疲れた。
学会自体は予定通り終わったんだけど、なんせ随分久しぶりに会う人ばっかりでさ、ちょっと立ち話するつもりが全然終わらないの。
まあ、みんな色々大変だったよね。大きな変化があった人も多いよね。
一時はどうなるかと思ったけど、こうやってまた飲みに行けるようになって、本当に良かったよ。リナもお店のみんなも元気そうで安心した。
全てが元通りってわけにはいかなかったけど、命あれば人間なんとかなるからな。
いやあ、それにしても、とんでもなかったな、コロナ禍ってやつはさ。
生きてる間に世の中がこんなに変わるなんて、思いもしなかった。
不安定な世の中になると、人間神頼みに走ったりするじゃない?
今日聞いてほしいのは、そんな感じの話。
こんな話、真剣に聞いてくれるの、リナくらいだからさ。
お、どんな話かって?さすがリナ。良い食いつきだね。
早く聞かせてって?
いいよ、いいよ。話してあげるよ。
ーーーーーーーーーーーーー
俺の家は海と山が両方家の近くにあるような場所にあってね。
毎朝の日課で浜辺をウォーキングするだけど、朝日が昇る前の薄暗い砂浜には、色んな面白いもがあるんだよ。
面白いもって何かって?まあ、ここじゃあ言えないようなものを見てしまうこともあるけど、俺が一番好きなのは、足跡。
明け方の砂浜には、人以外の足跡が残っているんだよ。
山から下りてきた狸とか、鳥とか、蟹とか。
で、極まれ、「これ何だろう?」って足跡を見つける時があるの。
えーっと、もう2年くらい前になるかな?
波打ち際に残る謎の足跡を見つけたことがあったんだ。
最初は、足跡というよりは、海から何かがズルズルと這いつくばってきたような跡だった。
そうだな、2歳児くらいの大きさの何かが、海から浜辺にずるずると身を打ち上げて、でも途中で諦めて海に戻った跡。大きな蛇が這ったような感じだったかなあ。
何だこれ?って思ったね。アザラシか何かが迷いこんだのかと思ったよ。
翌朝、もしかしたらアザラシがいるかもしれないってワクワクしながら浜辺を歩いていたんだ。
そうしたら、昨日とほぼ同じ場所にまた何か跡があったんだよ。
今度は、波打ち際からほふく前進したような跡。腕かヒレを使って、昨日よりは長く上陸できたみたいで、浜辺の真ん中あたりまで這った跡ができてたけど、やっぱり途中で諦めて海に戻ったみたいだった。
どうやら、海岸に上陸したい生き物がいるみたい。
何だか面白くなってきて、明日は絶対その姿を見てやろうって思って、
次の日はいつもよりも早く浜辺に出かけたんだ。
そしたらさ、やっぱりあったんだよ。例の跡が。
その日は何と、立ち上がって歩いた跡。不思議なことに三本足。
しかも、海に引き返した痕跡はない。
まだ近くにいるかもしれないって思って辺りを見回していたら、こちらをじっと見つめる視線に気づいたんだ。
で、視線を感じる方を恐る恐る見たらさ
いたんだよ。
何だこれは?ってやつが。2,30メートル離れた浜辺のど真ん中に。
足が3つで、人みたいに真っすぐ立っててさ。
体中うろこで覆われてて、顔はキンメダイみたいなまあるい目にカモノハシみたいなくちばし。戦隊モノに出てくる半魚人みたいな感じだった。
生まれてこの方、あんな生き物がじめてみたからさ、もっと近くで見ようと
そろりそろりと近づいてみたんだ。なるべく刺激しないように、ゆっくりと。
あと5メートルくらいって所まで近づいたら、突然向こうから突風のような速さで近づいてきたの。何かを訴えるかのように、射抜くように俺の目を見つけながら。
予想外の展開のせいか、金縛りにあったみたいに動けなくなってたら、ついに俺の顔めがけて飛びかかってきてさ。
やばい、襲われる。
そう思った瞬間、雲間から朝日が差して何にも見えなくなったんだ。
で、眩しさから目が回復する頃には、謎の生き物もいなくなっていた。
いつも通りの爽やかな潮風が吹いてて
あれは幻だったのかなって思ったんだけど、頭の中でずっと同じ言葉が響いていたんだ。
「世が乱れる、これを伝えよ。」
そんなこと言われてもさ、誰が信じるんだよって話じゃない?
どう伝えろって話じゃない?
だからさ、自分に言い聞かせたんだよ、あれは幻だったって。
ところが、それから暫くしたら、世の中あんなことになってしまってさ。
更にさ、俺が浜辺で遭遇した生き物、アマビエ様ってやつにそっくりだったんだよ。正直、ゾッとしたよ。
アマビエ様とやらは、何で俺の前に現れたんだろうね?
何か俺にできることがあったのかね?
今でも時々そんなことを思うんだ。
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