28人が本棚に入れています
本棚に追加
2020年、春。
本来ならにぎわうはずの商店街に、人がいない。
ちらほらと見かける通行人は誰もがマスクをしている。
「どうなってんだべ――」
信じたくなかった。政府は「緊急事態宣言」という物々しい名前の計画を立てているそうだ。僕の仕事や花がどうなるのか、不安だった。
昼食を終え、テレビを消し、立ち上がる。
同時に、スマートフォンの着信メロディが鳴り出した。
「もしもし、なした?」
『突然ごめんね。お願いがあって――助けて欲しいの』
相手は幼馴染みの香奈だった。
昨年結婚し、退職して関東に移り住んだと聞いている。
「んだの? いいよ、話聞くよ」
『ありがとう。実は、姉ちゃんがうつ病になっちゃって』
香奈は溜めていた感情を一気に吐き出すように、話し出した。
『何も食べられない、片付けられない、ぐっすり寝れない状態で』
『定期的に様子を見に行きたいの。でもコロナが心配だから、来ないでって言われちゃって』
『何度も行ってあげられない代わりに、何か欲しいものがあるか聞いたの。そしたらね、』
『樹の花が欲しいって』
え?嘘だろう?
僕は香奈にからかわれているんだ、きっと。
コロナ禍の僕を哀れんで言ってるに違いない――。
でも、香奈の声には芯があった。
最初のコメントを投稿しよう!