28人が本棚に入れています
本棚に追加
「――ん。んだな」
僕はそれ以上、何も言えなかった。
「なぁ、『雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ』って、知ってるべ?」
じっちゃは突然話題を変えた。
「宮沢賢治だべ。小学校で習ったっけ」
「だべな。この詩だば、いろんな教訓が詰まってるもの。おめ、最後まで暗記できたか?」
「んなわけねぇべ。ばかけなんだや」
じっちゃは詩を滑らかに暗唱してくれた。リズミカルな言葉が心地よく、脳裏にすっと刻まれる。
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
「賢治はただの作家でねぇど。教師、科学者、音楽家――そして、農家だった」
じっちゃは噛み締めるように、何度も頷いた。
「要はな、賢治の姿勢は『労を惜しまず人助けして、見返りや評価は求めない』と解釈できるんだ」
「え、デクノボーになりたいんじゃないの」
ばかけ、と呆れ声が降ってきた。
「おめはもっと教養を積め。『デクノボー』ってのはな、気が利かない奴とか、流されて人のいいなりになってる奴を言うんだ」
――デクノボーと笑われてもいいから、デクノボーにはなるな。人のために、尽くせ。
じっちゃの哲学は、僕には難しすぎた。
それでももう一度、頭の中で繰り返す。
サウイフモノニ ワタシハナリタイ――。
宮沢賢治もじっちゃも、土と向き合い、人のために生きてきたんだ。
※「ヒデリ」の実際の表記は「ヒドリ」
最初のコメントを投稿しよう!