独り言(モノローグ劇)

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独り言(モノローグ劇)

 あの日以降相変わらず、僕の胸の中にはまだ、貼り付いて離れない、言葉に出来ない靄のような、それでいて冷たさを帯びている氷のような、そんなよく分からないものが、ずっと住み着いているようだった。  そしてこれも相変わらずの事なのだが、先輩からのLINEも、毎日のようにやり取りが続いていた。  その内容は、殆どが他愛のないことだった。  学校のこと、勉強のこと、生活のこと、先輩の部活のこと、先輩のバイトのこと、僕の昔のこと、僕の家族のこと、先輩の家族のこと、クマタローのこと、将来のこと、そして...  先輩の恋愛のこと  そう言った、いわゆる普通の友人同士がするであろう、そんなような、そんな感じのLINEを、僕と先輩は毎日のように、続けていた。  もうあの日から...  先輩とコラボカフェに行ったあの日から、そろそろ十日近く経つというのに、それでも僕は、まだあのとき先輩が僕に言った言葉を、あのとき僕に言った告白を、僕はまだ、心の中で消化出来ずにいるのだ。  なんでこんなことを、僕は毎日のように、考えているのだろう。  そもそも僕は、どうしてここまで、あの先輩のことについて、北中空という女性について、考えなくてはいけないのだろうか。  誰かにそうしろとも、そうすべきだとも、そんなことを言われたわけでもないのに...  べつにあの人が、今後誰と付き合おうが、誰と恋人になろうが、そんなことは、僕には関係が無いはずなのに...  なんなのだろう...  なんでこんなにも、気持ちが揺らいでいて、苦しくて、それでいて気持ちが悪いのだろう。  なんでこんなにも、気持ちが悪いのだろう。  この何に向いているかもわからない、得体のしれない嫌悪感は、一体何なのだろう。  一体僕は、何に対して、気持ち悪いと、思っているのだろう。  わからない。  こんな風に、こんなにも誰かのことについて考えたことがないから、きっと僕にはわからない。  考えても...わからない。  逆に今わかることは、一つある。  それはわからないことだけが、わかるということだ。  そんな風に思いながら、それでいて思考は、思いの外普段していることに集中できている僕は、もしかしたら何かの病気なのだろうか。  病気...そうか、病気か...。  それならなんとなく、理解できる気がする。  けれども、一体何の病気なのだろう。  一体何時、そんなモノに侵されていたのだろう。  一体どこで、そんなモノをうつされたのだろ。  一体それは、どんな病気なのだろう。  治るのだろうか。  それともいつか、僕は死んでしまうのだろうか。  いや、もしかしたら治らないで、それでいて死ぬことはない、そういう最悪の結末だって、あり得るかもしれない。  寿命が尽きるまで、ずっとこの気持ちのまま、ずっとこのままで、残りの人生を全て迎えることに、もしかしたらなるのかもしれない。  気持ち悪りいな...  そう思うと、今度はいつも通りに進めていた家事の手が、一瞬止まった。  あぁそうか、気持ち悪いのは、僕のことだ。  先輩の事をなにも思っていないとか、なにも感じていないとか、そんな風に言い訳をしているくせに、あのときのたった一言でこんなにも、今までには考えてこなかったことをこんなにも、考えてしまっている自分が...  そんな風に思いながら、そんな風に考えている自分が、何よりも気持ち悪いのだ。  だからこの気持ちも、この何かに対する嫌悪感も、きっと自分に対しての嫌悪感なんだ。  今まではそんなことはなかった。  特にこれが好きだとか、嫌いだとか、そういうモノが今までにはなかったから、だからこんなことでこんなにも、思いを巡らせて、思考を巡らせて、考えてしまっているのだろう。  もういい加減、白状してしまおう。  アイツに言われた通り、僕はとっくに気付いてた。  いつからかはわからいないけれど、気付いてはいたのだ。  そんなに言葉を交わしたわけでも、直接会ったわけでもないけれど、それでもそれと同じくらい、僕は彼女とは交流をした。  今どきの連絡手段を利用して、きっと大人たちから見れば、そんなモノは違うと言われそうだけど、それでもたしかに、僕は彼女の心の内を知り、そして僕の、どうしようもない程の幼さを知ったのだ。  あぁ...  この気持ちが...  こんな気持ちが世間でいうそれなのなら...  こんなにも不便で、こんなにも不自由で、こんなにも不始末なモノが、世間でいうそれなのなら...  どうして誰も、教えてくれないのだろう...。  いや、言ったところで、言われたところで僕は、きっとそれすらも否定して、もっと始末の悪いことになっていただろう。  もっとひどいことになっていただろう。  だからきっと、アイツもあのとき、僕に何も言わなかったのかもしれない。  だからあのとき、「自分で気づけ」と、そう彼は僕に言ったのだ。  自分の気持ちなのだから、自分の思いなのだから。  だからこそ、誰にも言われることなく、誰からも助言されることなく、自分で気付いて、ケリを付けなきゃいけないのだ。    僕は...   北中 空 という女性が...  好きだ。  そのとき、僕の携帯が、鳴りだした。  
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