エピローグ~傷口にレモネード~

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エピローグ~傷口にレモネード~

 あの日、どうして自分があんなことをしたのか、正直に言って、今でもわからない。  けれどたしかに言えることは、あの日の先輩は、やっぱり今思い返してみても、とても綺麗だったことだ。  とても綺麗で、とても可憐で、そんな表情をしているのに、彼女はそのときの自分のその、想っている人に向けていた思いまで、川に投げ捨てようとしていた。  そんな...僕にはまるで関係ないそんなコトが、あのときの僕はきっと、許せなかったのだろう。  それでいてそれを綺麗だと思った自分も、そんな風に思わせる先輩も、許せなかったのだ。  あれ以来、別に僕と先輩の関係が変わることはなかった。  今までと同じように、放課後に図書室に行けば会えるくらいで、それ以外はたまに他愛のない話で連絡を取り合って、またクマタローの何かがあれば付き合わされるような、そんな友人でいて、恋人と言うには離れている。  そんな関係が、変わらず続いていた。  当たり前のことだ。  何の準備もせず、何も飾らず、ただ口から思いを漏らしたような、あんな情けない告白が、上手くいくわけがない。  それくらいは、いくら今まで恋愛を知らなかった僕でも、わかることだ。  それでも、あのときの先輩の『ありがとう』は、きっと僕に対しての、最大限の配慮みたいなモノだったのだろう。  『ごめんなさい』ではなく、『ありがとう』  なんともズルい言葉だと、今になってそう思う。  これでは、僕は先輩を諦めるべきなのか、それとも思い続けて良いモノなのか、それすらも、わからないままなのだから。  けれども...  それでも今も、僕は放課後に先輩が居る図書室を訪れて、相変わらずの毎日を送っている。  相変わらずの何もない、授業の予習と課題をこなすだけの、そんな平穏で退屈で、それでもあの時よりは、幾分愛おしいと思える、そんな毎日を送っているのだ。  恋愛というモノを、『甘酸っぱい』と表現する人は、きっと多いのだろう。  甘酸っぱくて、ほろ苦くて、苦しくて、けれども愛おしい  それがきっと恋愛であると、そういう風に言う人は、きっと多いのだろう。  けれども僕は、少なくともこの思いは、こんな複雑で不可解で、わからないが多過ぎるこの感情は、そんなに簡単に綺麗にされるほど、あまいモノではないということを知った。  初めて...  生まれて初めて、誰かを好きになることで、それを知ったのだ。  こんなにも傷ついて、こんなにも痛くて、こんなにもすっぱくて、それでいて甘さなんて、まるでない。  その痛みはまるで傷口にしみるような、ずっと付きまとうような痛みで...その味はまるで砂糖がないレモネードのような、ずっと記憶に残るような味で...  それでいて今も僕は、どちらも無視をすることができないでいる。  とても面倒で、とても苦しくて、傍から見れば何がいいのかわからない。  それでも...  それでも今日も、僕は先輩がいることを知っていて、あの図書室に行くのだろう。  他愛ないとわかっていて、先輩と連絡をとるのだろう。  そういう意味はないとわかっていて、先輩の趣味に付き合うのだろう。  もしかすると...  もしかするとこんな気持ちは、ずっと知らない方が良かったのかもしれない。  そんな風に考えながら、そんな風に思いながら、やはり今日も僕は、この場所に来てしまう。  先輩が居る、この場所に  「おっ、今日も来たんだ~」  「ええまぁ、他に行くところもないですからね」  「え~そんなこともないでしょ~」  「ありますよ」  「じゃあさ、いっそのこと入部...」  「しません。前にも言いましたけど」  「えー」  「『えー』じゃないです、ほら先輩は部活してください」  そう言いながら、僕は自分の鞄から、ノートと参考書と筆記用具を取り出して、いつものように勉強をはじめる。  けれどもそれでいて、隣に座る先輩に、いつものように話しかける。  「そういえば、そろそろ期末テストじゃないんですか?」  「あーそうだったね~」  「ちゃんと勉強、してるんですか?」  「えーまぁ、ボチボチかな~」  「ボチボチって...先輩この前、数学ヤバいって言ってませんでしたっけ?」  「うん、ちょーやばい、助けて!」  「勉強してください!」  なんでこんな人を好きになったのだろうか...  そんな風に思いながら、それでもやはり好きなんだなと思いながら、僕は今日もこうして、高校生活を送るのだ。  傷口の痛みを、思いながら...  甘みの無いすっぱさを、感じながら...
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