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ダブルコインガール
帰り道、僕はガシャポンを見つけた。
ガシャポン。
いわゆるカプセルトイという、小型自動販売機である。
指定された額の硬貨(最近ではお札を入れるタイプもあるらしいが)を機械に入れて、レバーを回すと、その機械からカプセルに入った景品が出てくるというモノだ。
その昔、小学生くらいの頃は、親にせがんで貰ったなけなしの百円玉を使って、よくやったモノである。
しかし今のこの年齢になってしまうと、あの頃のような魅力は、もうコレには感じなくなる。
それもそうだ。
僕も今となっては、もっぱらスマホゲームのそれにしか、興味を示さないのだから。
それにしても、随分とすっとぼけた顔をしているなと、僕はそのカプセルトイの表紙を見て思った。
「これは...クマでいいんだよな?」
おそらくクマでいいはずだ。
だって表紙には『クマタロー』と書かれているし、表紙に書かれているキャラクターも、クマをモチーフにしたストラップのおもちゃである。
種類は全部で数十種類くらいあって、金額は200円となっていた。
こんな小さなストラップに、わざわざ200円払う奇特な人が、一体どれだけ居るのだろうかと、思えてならない。
しかしなぜだろうか
なんとなく僕は、そのクマタロー達から、目が離せないでいた。
いや、目が離せないというよりも、なんとなく、見覚えがあるような気がしたのだ。
だからかもしれない
だから僕は、普段なら気にも留めないこんな場所で、こんなモノを前にして、数分立ち止まってまで、何かを思い出そうとしているのだ。
しかしながら、僕はどうしても、その何かを思い出せない。
「...アホらしい...」
思い出せないことを、思い出そうとしても仕方がない。
そもそもそんなに、その何かは、大切なことでもないのだろう。
そのカプセルトイの機械が、下の方に設置されていたからか、考えているうちに、いつの間にか僕はしゃがんで、それを見ていた。
だから僕はそう呟いて、その場を立ち去ろうと、両脚に力を入れて、立ち上がろうとしていた。
すると後ろから、「ねぇ」と言われて、同時に誰かに、左肩を軽く叩れた気がした。
だから僕は立ち上がって、それに対して「はい?」と言いながら、首を左から後ろに向けて、左肩を叩いたその人を、視界に入れた。
そしてその視界の先に居たのは、一人の女の子だった。
肩に付く程度の長さの青みがかった髪と、それに似た色を放つ、不思議な瞳、そしてそれらを際立たせるような白い肌の、綺麗な顔立ちの女の子が、そこには居たのだ。
「きみさ、それ、やらないならどいてくれない?」
「えっ?」
「それ、クマタロー」
そう言いながら彼女は、僕の足元の例の機械を指さした。
「あぁ、すいません。」
言われたことを理解して、僕はその場を後退った。
すると彼女は、まるでこれから何かの戦いにでも行くかのような、そんな顔をしながら、その機械を前にスカートを直しながらしゃがんで、「よし」と気合を入れて、手元にあった2枚の100円玉を入れると、ブツブツと何かを唱えながら、両手を合わせていた。
「(神様、仏様、クマタロー様、どうかこの北中に天のお恵みを与える雨の様に、私にシークレットをお恵み下さい)」
「...」
初めて会った女の子の、こんな拝んでいる姿を見るのは、流石に激レアなような気がして、無言で僕は立ち尽くしていた。
そして一通り言い終えたのか、その後一呼吸置いて、彼女は「それ」と言いながら、レバーを回した。
結果は...
「...なんで...どうして...どうして来てくれないの~」
どうやら残念な結果になってしまったらしい。
傍目から見ても明らかに、初めて会う僕から見ても明らかに、その女の子が落ち込んでいることはわかるモノだった。
そして今気が付いたことだが、どうやら彼女は、うちの高校の生徒らしいのだ。
同じ高校の制服に、胸元のリボンが赤いことから、おそらく1つ上の先輩だろう。
なのでこれを放ってどこかに行くのは、流石の僕も、気が引ける。
だから僕は、先輩である彼女に気を使いながら、声を掛けた。
「あの...大丈夫...ですか?」
「...大丈夫じゃない」
大丈夫じゃないのか...
なんということだろう、たかが200円のコレでここまで落ち込む人が居るとは思わなかった。
「えっと...とりあえずここで座るとアレなんで、立ちましょ?」
「...いやだ」
いやのか...
なんということだろう、たかが200円のコレでここまで身勝手な人が居るとは思わなかった。
しかしこのストラップに、ここまで執着できる彼女を、僕はこのとき、不覚にも羨ましいと思ってしまった。
それはきっと、何も執着することがなく、ただ惰性で勉強して生きている僕に比べて、こんなストラップで落ち込むことができる彼女の方が、この期間限定の高校生活を、楽しんでいるように見えたからだ。
「はぁ...」
何に対してのモノかは、正直わかりかねるが、ため息を吐きながら、僕は自分の財布から100円玉を2枚出して、その先輩の横から手を伸ばし、そのまま何も考えることなく、その機械に放り込む様に入れて、レバーを回した。
「えっ...?」
座り込みながら、半分泣いている様な声で、彼女は少し驚いたように反応した。
そして出てきたそのカプセルを開けると、中からクマタローのストラップと、『期間限定クマタローコラボカフェ招待券』と書かれた、薄い桃色の小さな紙が、僕と彼女の前に、現れたのだ。
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