そらで書いた番号を渡して

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そらで書いた番号を渡して

 午後の授業が終わり下校時刻になると、クラスの皆は、部活やら遊びやらに勤しむために、ほぼ一斉に教室の出入り口から出て、そしてそれぞれの放課後の予定を迎える。  しかしながらそのどちらにも属していない僕は、たまに訪れる場所がある。  それは、この学校の図書室である。  ここで一通り宿題やら予習やらを済まして、そして本を借りて、家に帰る。  最近の僕の放課後の過ごし方は、このパターンか、単に早く家に帰るかの二者択一で、昨日は気分が乗らなかったし、借りていた本も読み終わっていなかったから、家に帰ることを選んだ。  そんな感じで、僕は最近の放課後を、有意義に過ごしているのだ。  図書室に到着すると、窓際の校庭が見える、右端から二番目のカウンター席に座る。  ここに来たら、何故かいつも僕は、ココに座る。  別にその席や場所にこだわりがあるとか、そういうのではないけれど、ただなんとなく、いつもそこに、自然に足が向かうのだ。  「じゃあ、やりますか...」  そう自分に言い聞かせながらその席に着いて、鞄から筆箱とノートと勉強に使う教材を一通り出す。  そしてノートと教材を開いて、そこから僕は、集中して問題を解く。  そんな風にして、僕は今日も、時間を浪費していくのである。    「へぇ~数学かぁ...」  「...ん?」  右隣から聞こえる声に、僕は不覚にも反応してしまい、数式を書く手を止めてしまう。  っというか今までそんなことがなかったから、一体何が起きたのかと思って、僕はその声がする方に振り返る。  「ヤッホー、昨日ぶりだね、後輩君」  振り返った先に居たのは、昨日のあの先輩だった。  「先輩...?どうしてココにいるんですか?」  「どうしてって...私ここの生徒だし」  「あっ、いや...そうじゃなくて、部活とかバイトが忙しいって...」  「そう、なんなら今部活中だよ~」  「えっ?」  「ほら、あれ見てみて~」  そう言いながら先輩は、図書室の出入り口に貼ってある貼り紙を指さす。  そして僕は、先輩が指さした先に視線を向ける。  するとそこには『図書部活動中』と、書かれていたのだ。  「図書部...ですか?」  「そう、図書部。まぁ部員は、今は私しか居ないんだけどね~」  そう言いながら彼女は、手元にある本を僕に見せてくる。  その本のタイトルは『ロミオとジュリエット』だった。  それはきっと誰もが知っている物語で、そして僕も読んだことがあるモノで、内容はなんとなく覚えていた。  「ロミオとジュリエットって...なんでまたわざわざそんな...」  そこまで言って、僕は言葉を濁す。    「なによ~べつにいいでしょ~ロマンチックで」  「ロマンチック...ですかね...それ」    「えっ?なに、違うの?」  「はぁ...まぁ、人によりけりなんじゃないんですか?」  ちなみに僕は、この本をロマンチックな恋物語とは読めなかった。  なんせ最後、ロミオはジュリエットが死んでいると思い込み、毒薬を自ら口にし、命を絶つ。  そしてそのジュリエットは、ロミオが死んだ後に目が覚め、今度は彼が死んでいることを、彼女が確認する。  その後彼女は、短剣を自ら、自分の胸に刺して死を選ぶ。  そんな結末で終わる物語なのだ。  僕は初めてこの物語を読んだとき、こんなすれ違いを起こすなんて、なんて間抜けな2人なのだと、そう思った。    「そんなことより、いいんですか?部活中に僕なんかに話しかけて」  話を逸らすような枕詞を使いながら、まるで今思い立ったかのように、僕は言葉を紡ぐ。  「あぁ、いいのいいの、どうせ私しか居ない部なんだし、顧問の先生も今は職員会議とかで居ないから」  「そうなんですか...」  「なに、なんで少し残念そうな顔をしたの?」  「いえ別に...うるさいなーとか、うざいなーとか、そんなことは思ってないですよ」  「それは思っても口に出さない方がいいんだよ、後輩君。」  そう言いながら、彼女はロミオとジュリエットの本を手に持ちながら、後輩から皮肉を言われている癖に、花が咲いたような笑顔で、僕に語りかける。    なんなだろ、この先輩...  これでは集中できない...  そう思った僕は、教材やら文房具やらを鞄に入れて、その鞄を肩に掛ける。  「あれ?もう行っちゃうの?」  「えぇ、用事を思い出したんで、帰ります。」  嘘だ、本当は用事など、何もない。  「そっか~それは残念、じゃあ、また今度ね」  「そうですね、また...」  そう言いかけて、僕はあることを思い出した。  「ん?どうかした?」  「そういえば僕、先輩の連絡先知らないんですよね...?」  そう、僕はこの人と予定を立てていた癖に、連絡を取り合う手段を持ち合わせていなかった。  それを今、僕は思い出したのだ。  「あれ、教えてなかったけ...?」  「はい、なので良かったら、教えて貰ってもいいですか?」  そう言いながら、僕は自分のポケットから携帯を取り出す。  「...」  しかしながら、当の先輩はジーっと僕を見ながら無言になっていて、何故かフリーズしている。  その姿というか、顔がなんとなく怖かったので、僕はさらに彼女に問い掛ける。  「...なんですか?」  「...いや、意外と慣れた感じで、『連絡先教えて』とか言えるんだな~って思って」  「はぁ、じゃあやっぱいいです。」  「あーうそうそ、ごめんて~ちょっとからかっただけじゃーん」  そうわざとらしく言いながら、笑って先輩はブレザーのポケットから携帯を取り出す。  「...あれ?」  「...どうしました?」  「いや~その...充電がね...」  そう言いながら、先輩は何度か携帯の電源ボタンを押している。  しかしながら、先輩の携帯の画面は暗いままである。  「あー切れてたんですね」  「うん、そうみたい...どうしよっか?」  どうしようかと言われてもな...  そう思いながら僕は視線を泳がせる。  するとさっきまで座っていた席に、ボールペンと紙束が一緒に置いてあるのを見つけた。  「あぁ、じゃあこうしますか」  そう言いながら、僕はそのボールペンを使って、その紙束の一番上に、自分の名前と電話番号を書いて、そしてその部分を破って、先輩に渡した。  「これ、僕の携帯の電話番号なので...」  「...」  渡された先輩はその紙を見て、またさっきの様に無言になる。   「どうしました?」  「いや、携帯の番号なんて覚えている人いるんだな~って思って、ちょっと関心してた。」  「あーなんだ...別に自分の番号くらい、そらで書けますよ。」  僕がそう言うと、今度は何故か驚いた様子で、僕を見た。  「へっ?」  「はい?」  「いや、今なんか私の名前呼ばなかった?」  「いえ、呼んでませんけど...」  なんだろう、なんか一気に話が噛み合わなくなったぞ。  「うそだー、だって今、そらでなんとかって...」  「あー、『そらでかく』って言ったんです。頭の中に記憶してそれを書くことを、そう言うんですよ。先輩は言ったりしないんですか?」  「今初めて知ったよ~なんだ、名前を呼ばれたのかと思ってびっくりしちゃった。」  そう言いながら、どうやら納得した様子で、先輩はまた笑顔を見せた。  「先輩の名前って、『そら』って言うんですか?」  「うん、そうだよ。北中 空(きたなか そら)。そらは大空のそらね~」  そう言いながら先輩は、今度は窓際に映る昼過ぎの青空を指さした。  そして僕は、先輩のその指に釣られて、空を見た。  そしたら何も意識せず、っというか無意識に、僕の口から言葉が出た。  「そうなんですか、なんかピッタリですね。」  「えっ?」  「えっ?...あ...じゃあ、ぼく帰ります。」  そう言って、そそくさと僕は、図書室から出て行った。  さっきのは明らかに失言だったと、そう思いながら。  
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