近くにいるとかいないとか

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近くにいるとかいないとか

 北中先輩と図書室で遭遇してから数日が経ったある日、時間帯は深夜に差し掛かっていた頃だろうか。  勉強を終え、夕飯を終え、風呂に入り、後は眠るだけという時に、携帯の着信音が鳴った。  こんな時間に誰だろうと思いながら携帯を手に取ると、画面には僕の父親と呼ぶべき人の名前が、僕のこの高校生活を援助してくれている人の名前が映し出されていて、「あぁ、またか...」と思いながら、少しばかりうんざりした気持ちになりながら、僕は応答のボタンをタップして、電話にでた。  そして電話越しに聞こえてくる男の他人(ひと)の声に、僕はなるべく、愛想を良くすることを心掛けながら、眠りたいのを堪えながら、近況を報告する。  高校入試が終わったと同時に、母親の再婚が成立したことを、僕は初めて聞かされた。  そして紹介されたその他人は、当時はまだ中学生だった僕に対して、腰が低く、丁寧な言葉遣いと、君付けの呼び方...  それらがなんだか、当時の僕にはとても気持ち悪く思えてしまったのだ。  そして高校に入学するまでの短い期間、僕と母とその他人の3人で、共に生活をしていて、そしてその生活はハッキリ言って失敗だったと、その時に実感したから、僕は高校入学と同時に、家を出た。  どうして失敗だったと思ったかというと、それは僕の方に原因があった。  その他人がどんなに僕のことを良くしてくれていても、それはきっと僕の母親に嫌われたくないからやっていることなのだと、どうしてもそういう風に考えてしまうのだ。  けれど考えてみれば、それはきっと当たり前のことだ。  誰だって、愛した相手には嫌われたくないのだろう。  だからきっとその他人にとっては、それだけのことなのだと、僕は今でもそう思う。  そんな理由で、僕は高校入学と同時に、一人暮らしを始めたのである。  一人暮らしを始めると、僕がそれを口にした時の、その他人の安堵な表情は、今でもよく、覚えている。  電話の内容は、本当にどうでもいいことだった。  「一人暮らしには慣れたか?」とか、「学校は楽しいかとか?」とか、そういう内容のことを、相変わらずの低姿勢と君付けで、僕に話しかけてくる。  そしてそれらに対して、一通り模範的な対応をして、そして最後に、生活費が送金されることを伝えたら、電話はあっさりと切れたのである。  これが僕の、山口 歩 の、いわゆる家族の会話というモノだ。  電話は切れ、ようやく眠れると思い、僕は部屋の照明を消し、寝具に身を預けると、また携帯が鳴りだした。  こんな時間に、立て続けで電話が来るなんて、今日はなんて厄日なのだろうと、そう思った。  そして携帯を手に取り、画面を確認すると、なんとそれは非通知の番号から掛けられたモノだったのだ。  「...まさか」  少しの間考えて、思い当たる点が1つだけあったので、僕は携帯の応答をタップした。  「...はい、もしもし」  「あっ、もしもーし、やっと出たー今大丈夫~?」  電話の向こう側から聞こえたその声が誰のモノなのか、僕は直ぐにアタリが付いた。  「先輩...一体どうしたんですか、こんな時間に」  「いや~前に君が渡してくれた電話番号が果たして本物なのか、それを確かめたくてさ~何回か電話しちゃった~」  笑いを含みながら話すその彼女の声に、僕は少しばかりムッとしながら、言葉を返す。  「失礼な、ちゃんと本物の番号ですよ。」  「どうやらそのようだね~」  そういえば最近、朝起きたらやたらと非通知の不在着信があったような気がする。   「まさか先輩、ここ最近この時間帯に、毎晩電話掛けてきました?」  「えっ、うん、そうだよ~」    それを聞いて、僕はため息を混ぜながら言葉を紡ぐ。  「...いや、深夜に毎晩非通知の番号から電話とか..そういうの普通に怖いですから、次から掛けるなら、昼間に掛けてきて下さい。」  そう僕が諭すと、先輩はわざとらしく悲しそうな声を出す。  「えーなんでよ、別にいいじゃ~ん。夜中に電話でおしゃべりとか、周りの子とかは皆普通にやってるよ~」  「その『周りの子』に僕も含まないで下さい。それにおしゃべりって言っても、電話なら10分かそこらじゃないんですか?」  「そんなことないよ、もっと長いんだから。」  そう言って引く様子のない彼女を、僕も少しばかり煽ってみた。  「へぇーじゃあどのくらいなんですか?」  「えっ...んーだいたい、2時間くらいかな~」  「はっ?2時間!?」  そのときの僕の声は、おそらく本当に驚いていたモノで、それでいて間抜けな声になってしまっていたのか、僕のその言葉に、彼女が思わずといった様子で、吹いたように笑いだした。  「そう、2時間!!」  「カラオケか何かですかね...」  「きみ上手いこと言うね~行ったりするの?」  「そんなにはないですよ、昔少しだけ行ったくらいです。」  そう言いながら、僕は中学の卒業式の後で、クラスの打ち上げで行った(というより巻き込まれた)カラオケを思い出す。  ほとんど歌わず、ただ単にドリンクバーを飲みながら、たまに皆で歌うような時には、楽しそうに笑いながら振る舞っていた、そんな自分を思い出す。  「...そういえばさぁ、どうして今日は電話に出れたの?」  「あぁ、まぁさっきまで父親と電話してたんで...」  「えっ?こんな時間に?一緒に住んでいるんじゃないの?」  その先輩の返しを聞いて、『あぁ、しまった』と、そう思った。  しかしまぁ、別に話しても不都合なことではないと思ったので、僕はなるべく簡潔に応えた。  「いいえ、高校入学と同時に一人暮らししています。なので親とは別居しているんですとよ。」  その僕の言葉に、先輩は少しだけ気まずそうに、言葉を返した。  「へぇ~そうなんだ...なんだか珍しいね~」  その返された言葉に、僕はなるべく、自分なりの軽さを込めながら、しかしそれでいて皮肉も混ぜながら、僕は言った。  「ええまぁ、居るんですよ。世間には高校生で一人暮らしを選ぶような、そういう珍しい奴が...」  そう僕が言うと、先輩はまた笑いながら、そこからは少し違った話も加えながら、僕達は携帯で喋り続けた。  そして電話が終わった後に時間を確認すると、たしかに2時間は軽く超えていたのだ。  親との会話の12倍の時間である。  不思議なモノだ。  顔を会せないで喋る方が、会って話すよりも長いなんて...  そんなことを考えていると、僕は電話中に見せた(というよりも聞かせた)先輩の戸惑った様子を思いだした。  親が近くにいるとかいないとか、別にそんなことで感傷に浸るわけではないけれど、それでも電話越しの向こうの人間まで、なんだかそんな気分にしてしまったというのなら、少しばかり申し訳ない気もする。  けれどもそれと同じくらい、先輩の戸惑う様子を、電話越しの声で確認出来たことに、なんだか少しだけ...っと、言葉にならない気持ちがあることも、そう思う自分が居ることも、確かなことではあるのだ。
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