11人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
今まで見せたことのない表情は
中間テストを終えてしばらく経った5月の下旬、梅雨が近づく蒸し暑さを感じさせる今日この頃、北中先輩と例のコラボカフェに行く日が、とうとう訪れたのだ。
実を言うと、学校内で直接先輩と会ったのは、あのときの図書室で電話番号を渡した時だけだ。
それ以外ではもちろん、会うような予定があるわけがなく、そもそもついこの間までは、学校で行われていた中間テストが忙しかったので、ほとんどの時間を勉強に充てていたのだ。
それでも週に何回か、先輩から電話をもらうことがあったり、逆に僕から電話をすることがあったりして、そこでいろいろなことの話をした。
そしてその会話の中で、コラボカフェに行く日程と時間が決まったのだ。
以前、友人である吉田と買った服を着ながら、今日はまた、前とは違った街に訪れている。
そして待ち合わせ場所に着き、時間を確認する。
遅れるよりは断然早めに着いて待っている方が良いのだが、それでも予定より少しばかり早い時間に到着してしまったため、少しだけ時間を持て余すことになってしまった。
こういう時に限って、暇つぶし用の本を持って来ていないのは、一体どういうわけなのだろう。
そんなことを考えながら、僕は空を見るようにして、天を仰いだ。
見上げた空模様は、梅雨入りを控えているからなのか、快晴というにはいささか暗く、それでも雨が降ることは無いような、そんな天気だった。
「降水確率40%...か...」
今朝のニュースの天気予報で言っていたことを思い出して、小さな声で呟く。
別に折り畳み式の傘があるので、雨に降られることを心配しているわけではないのだが...
なぜだろう、こんなときなのに、普段は考えない様な天気のことなんかに気をとられてしまう。
それだけ緊張しているということなのだろうか。
「ごめん~まった~?」
そんな風に考えていると、前方から小走りになってこちらに小さく手を振って向かって来る先輩の姿が見えた。
「いいえ、僕も今来たところなので...」
そう僕が言うと、先輩は安堵した表情で、胸をなで下ろす。
「ほんとう?よかった~」
その先輩の表情は、いつも電話越しで聞こえてくる声から容易に想像できるような、そんな表情をしていた。
そして服装も、流石に今日は制服ではなくて、淡い色彩と白を基調としたワンピースを着ていて、先輩の細身な身体や肌の白さ、それに先輩の瞳と同じような、青みがかった色の髪が映えるような...
一言で言えば、すごく綺麗だと、そう思ったのだ。
「それじゃあ、行きましょうか...」
もちろん当の本人にそんなことを言えるわけもなく、僕は先輩に提案した。
そして先輩は「うん、たのしみだね~」と言いながら、いつものような明るい声と表情で、僕の隣を歩きだした。
そんな調子で、僕達は目的地であるコラボカフェに向かったのだ。
コラボカフェの店内は、黄色とかピンクとか水色とか、そう言った明るい系統の色と、大量のクマタローのぬいぐるみで装飾されていた。
女性や子供連れやカップルなど、そういった人達が主な客層で、みんな各々でコラボカフェを楽しんでいるのが、すぐにわかった。
「ねぇねぇ、飲み物どれにする??」
そして前に座るこの熱心なクマタローファンも、まだ飲み物を注文する段階だというのに、もう既に目をキラキラと輝かせていた。
「先輩、めちゃめちゃ目が輝いてますね。」
「そりゃあそうだよ!どこを見てもクマタローなんだよ!!楽しくないわけないじゃん!!!」
「わかったから少し落ち着いて下さい。あ、僕飲み物はメロンソーダでいいです。」
「えっ??そんな普通のジュースでいいの??」
「いやだって、どれも通常の倍くらいの値段なんですもん...なんですかこの価格設定...。」
メニューを見ると、どの品物も通常の倍かそれ以上の値段で設定されていて、その中にあったメロンソーダは、なんと一杯800円となっていた。
そして僕は、一体どんなメロンソーダなんだよ!っと、そう思いながらも、それでも一番安いのがこれだったので、これを選んだのだ。
「えー、だってコラボカフェってそういうモノじゃん。あ、私はこのオリジナルレモネードにしようかな~」
そう言いながら、先輩は定員さんを呼んだ。
メニューを再度見てみると、先輩が頼んだレモネードには限定のクマタローボトルが付いて来るらしく、それもあってか、なんと値段は1200円となっていた。
ここまで頭のおかしな価格になっているとは...コラボカフェ、恐るべし。
運ばれてきたジュースは何の変哲もないメロンソーダで、これで800円取られるのは納得がいかないと思いながら、それでも、目の前にいる先輩がすごい勢いで写真を撮っていたりしていたり、オリジナルグッズが書かれているメニュー表を見ながらニヤニヤしていたりと、普段は見られない様な表情をしているので、まぁこういうのもいいかと、そう思っていた。
しかしながら、さっきから思っていた事だが、店内のお客さんはほとんどが女性や子供連れで、ちらほらと見える男性客は、カップルで来ている様な人達ばかりだった。
周りからみれば、僕達もそういう風に見えているのだろうか...。
「お客さん、なんだかカップルとかが多いよね?」
「えっ!?...あ、はい、たしかにそうですね。」
考えていることと同じようなことを言われて、少しばかり焦ってしまった。
「こういうところってさ、普通は恋人とかで来るようなところなのかな?」
そう言いながら、先輩は頬杖をついて、まるで周りの景色を見るような遠い視線をしていた。
その視線は、何故かどこか儚げで、それでいて少し大人びている様で、さっきまでのクマタローに目を輝かせていた熱心なファンの先輩ではないような、そんな気がした。
「さぁ、どうなんでしょうね。まぁでも、男一人だと入りづらいのは確かですね。」
「たしかに、そうだね。」
そう言いながら、先輩は少し笑って、僕を見た。
その先輩の表情が、少しだけ気恥ずかしくて、僕は目を逸らすようにして、またメロンソーダのストローに口を付けた。
「君はさ、誰か好きな人とか居ないの?」
「ッ...!!、なんですか、いきなり...。」
飲んでいたメロンソーダが、危うく気管に入るとこだった。
「えっー、だって私、後輩君とはそういう話したことなかったからさ~」
「はぁ...いませんよ、そんな人...。」
「そうなの?」
「そうです」
そう言いながら、また僕はジュースに手を付ける。
しかしそのとき、再び僕がジュースに手を付けた時と、先輩が再び話始めたタイミングが同時で上手く聞き取れてはいなかったけど、聞き間違えでは無ければ、彼女はたしかに、こう言ったのだ。
「私はね...いるよ、好きな人」
その言葉を聞いたとき、僕はジュース飲みながら、彼女の方に視線だけを向けた。
そしてその言葉を言った当の本人である彼女は、今までは見たことがないような、見せたことがないような表情をしたのだ。
そしてその表情は、明らかに僕に向けられているモノでは無いということが、それだけは確かに、理解できるモノだった。
そのとき飲み込んだジュースの味が、甘いのかどうか、僕は途端に、わからなくなったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!