こんな気持ち知らねぇよ

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こんな気持ち知らねぇよ

 先輩とコラボカフェに行ったあの日から、さらに数日が経った今日。  あの日は帰り際、今までは何故か交換しなかった通話アプリのアカウントを交換することなって、そしてそれっきり、あの日図書室で手渡しで交換した電話番号は、使わなくなった。  まぁ、メッセージのやり取りや通話もアプリの方が便利で無料だし、そもそも最近はそっちの方が主流で、携帯の電話番号だけで連絡を取り合う方が珍しいのだから、それについて僕は特に何も思うことは、無いはずだった。  無いはずなのに、その後も先輩からは変わらずに連絡が来るのに、それなのに何故か胸の辺りに変な苦しさを、僕はあのときから、抱えていた。  「おーい、山口。昼飯行かね?」  午前の授業が終わり、チャイムが鳴ると、吉田が昼食で食べるのであろうパンか何かが入っているコンビニのビニール袋を持って、僕に声を掛けてくる。  「行くって...教室で食べるんじゃないのか?」  「いい場所があるんだよ、とりあえず着いて来いって~」  そう言いながら吉田は、僕の昼食の弁当と僕の腕を掴んで、そしてあれよあれよという間に、僕を教室から出して、そしてそのまま僕達は、体育館の二階にある踊り場に来ていた。  「ここって...来て大丈夫なのか?」  「あぁ、元々はウチの部の先輩たちのたまり場だったんだけど、なんかやらかしたらしくて、先輩たちは出入り禁止になったんだとさ~」  「それって...バスケ部は大丈夫なのかよ?」  「ん?あぁ、別に俺ら一年はそれに関わってねぇし。まぁ先輩たちは少しの間謹慎しているらしいけどなぁ~」  そう言いながら、吉田はその踊り場の、日差しが気持ちよく当たる場所に足を伸ばしながら座って、そして持っていたコンビニのビニール袋の中から菓子パンの袋を取り出して、それを開けた。  そしてそれを見て、僕も彼の隣に座り、自分の弁当箱を開けた。  そしてしばらく、他愛のない話をしながら昼食を進めていき、ついに話題が尽きた頃、吉田はさっきまでのふざけた声とは異なった、それなりに真剣な声で僕に言った。  「なぁお前、何かあった?」  「えっ?」  唐突な友人の質問に、少しばかり困惑しながら反応する。  「この間、例の先輩とデートしたんだろ?そこで何かあったんじゃないの?」  そう言いながら、少し笑みを含めた顔をして、からかうようにして、友人はこちらを見てくる。  「なんで...別になんもねぇよ...」  そしてそんな友人に対して、バツが悪そうに、僕は答えた。  「ふぅ~ん、俺にはそう見えないけどな」  そう言いながら、吉田は食べていたパンを平らげて、そして何て言い返すべきかわからないでいる僕を横目に、紙パックのコーヒー牛乳を飲んでいる。  「...じゃあ、お前には今の僕が、一体どう見えているんだ?」  「言っていいのか?」  「...」  「わかりやすく言えば、何か落ち込んでいる様に見える。」  友人のその言葉に、僕はなにも言い返せなくて、代わりに口からは、心底ため込んでいたかのようなため息が、漏れていた。  「はぁ...」  「...当たり?」  「...わかんない」  「なんだよそれ」  「なんなんだろ...僕にもよくわからないんだ...」  「俺から見たらもっとわからねぇよ。一体何があったんだ?」  そう言いながらこちらを見る吉田は、今度は少しだけ心配している様な表情をしていた。  だから僕は、先輩と一緒に行ったコラボカフェで、先輩から言われたことを、彼に説明した。  先輩には元から好きな相手が居て、その人は元々この高校の卒業生で、先輩は今度その人に告白するらしくて、けれどもなかなか勇気が出ないらしくて、だから相談相手が欲しくて、そしてその相談相手に、僕が選ばれて...  そんなまるで要領を得ない様な、断片的な事実だけをなんとか頑張って、努力して、繋いで、連ねて、言葉にして、声にして、そしてそれを僕は、彼に伝えたのだ。  「...なるほどなぁ、それはたしかにしんどいよな...」  そう言いながら、吉田は自分の正面にある窓を見ながら、まるで空を仰ぐ様にして、そう言葉を呟いた。  「今の説明でよくわかったな...自分でも何を言っているのかわからないくらいなのに...」  「そりゃ俺はお前と違って、ちゃんと自分でその気持ちに折り合いを付けるやり方を知っているから、だからお前が今どんな気持ちかもわかるんだよ。経験者は語るって奴だ。」  そう言いながら、今度は得意そうな顔をして、彼は僕を見た。  そしてそんな友人に対して、僕はあまり力がこもってない様な返答をしてしまう。  「なんだよそれ...」  「...お前さ、本当はなんとなく、自分でも気付いているんだろ?」  「なにが...?」  「言っていいのか?」  「なにを...?」  「他人に言われたら恥ずかしいこと」  「心当たりがないな...」  「お前、案外強情だな...」  そんな感じで、外から見れば、まるで内容がわからない会話をして、そしてその会話の最後で、吉田がそう言うと、体育館の踊り場に、昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。  そしてその音を聞いて、吉田は「よいしょっと」と言いながら立ち上がり、そしてまだ隣で座ったままの僕を見て言った。  「まぁそのうちわかるさ、お前のその先輩に対する気持ちとか、自分の今の気持ちがどうしてそんなに落ちているのかとか...そういうのって、自分で気付いて自覚するモノだからさ。」  そう言って吉田は、見るからにまだ立つ気がない僕を置いて、先に教室に戻って行った。  そしてしばらく時間を置いて、僕もようやく立ち上がって、教室に向かった。  教室に向かう途中、吉田と話していたことで少しはまぎれていた、胸の辺りに残る息苦しさが、また僕を襲う。  そしてその苦しさが、今度は自覚が出来る程に酷いので、僕はたまたま近くにあったトイレに入り、個室に入り、そしてただ胸の辺りを抑えて、うずくまっていた。  こんな苦しさや、こんな気持ちは知らねぇよと、そんな風に誰かに言うようにして、声にならない声で、言葉にならない言葉で、自分に訴えていたのだ。  まるで嗚咽を吐くように、喘ぐ様に...
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