「幸せ」

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 刑事さんに連れられて、俺はパトカーに乗り込む。 発進したパトカーの中、少し刑事さんと話をした。 「俺は、山田聡(やまださとし)。今回のこの放火事件の担当の一人だ。よろしくな。芹川孝幸くん」 刑事さん改め山田さんは優しい声をしていた。 「あ、はい。」 「気分はどうだい?」 「……よくわかりません。悪い夢でも見てる気分です。」 「だろうな。」  少しの間、静かなパトカー。取調べは署についてからなのだろうか。  俺は、窓の外に目をやる。見慣れた近所の街並みが見え、つい、指の隙間から溢れていった「幸せ」を少し思い返してしまう。  俺の家は母子家庭だった。親父は俺が3歳のときに肺がんで死んだ。ほとんど駆け落ちのように結婚したため両親は親戚も頼れない。  だから、母さんは本当に女手一つで俺と弘樹を育て上げた。昼は働き、夜は俺らの相手をして毎日へとへとだったと思う。  弘樹は弘樹で、少しわがままな子だったが、根は優しい子で誰とでも仲良くできるとてもいい子だった。  立ち入り禁止のテープで中はよく見えなかったが、二人ともきっとあのブルーシートの中に……。  そう考えると涙は出なかったものの、俺は初めて、吐き気を覚えた。それは犯人に対する憎悪からのものだった。その憎悪は歯止めをかけることも知らず、突き進む。 「……あの、すみません。犯人の目処ってついてるんですか?」  俺は憎しみを込めて山田さんに聞く。山田さんは「あぁ」と声を漏らしたが、その後は何も言わず少しの静寂が流れた。わかっているなら早く言って欲しい。 「……『おおいぬ座事件』って知ってるか?」  ぽつりと山田さんが呟いた。 「いえ」 「連続放火事件なんだがな……。きっと同一犯だ。まぁ、詳しいことは署についてから話そう」 「……はい」  焦らされたことに苛立ちを覚えるものの、我慢した。今走っている道から署までは車であと3分にも満たないからだ。  静かにため息を殺しつつ、再び窓の外を見る。すると書店から出てくるクラスメイト───畠山由香里(はたやまゆかり)の姿が見えた。大きな袋を抱えた彼女はこちらを見て微笑んでいた気がした。
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