「幸せ」

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 署から出た俺はずっと無視していた鳴り響く携帯を鞄から取り出した。 「……もしもし?」 『やっと繋がった! おい、お前大丈夫なのかよ!』 瑛太の声は俺の鼓膜をつんざく。瑛太の声には緊張感があるものの普段のままで、先程までいた非現実から引き戻すには十分なほど懐かしく感じた。 「……大丈夫なんかじゃねぇよ。家も燃えたし、家族もいない。ははっ、どうすればいいんだろうな、俺」 瑛太の声に俺の張り詰めていた涙腺は緩み、涙が零れ落ちる。何故だか笑みも溢れた。人は限界まで感情を爆発させると笑いが出るって何かで見たことがある。きっとそれだろう。 『……顧問から大体話は聞いたよ。 こういう時、なんて声をかけるのが正解かわかんねぇけど。あのさ、とりあえず俺の家来いよ。頼れる親戚もいないだろ?アニキのお古で良ければ制服も教科書も譲れるしよ。どうだ?孝幸』 瑛太は俺に問いかける。どこまでも優しい親友を持ったものだとまた涙が出た。しかし、迷惑をかけるわけにはいかない。「ごめんけど、遠慮しとく」そう言おうと口を開いたのだが……。 『いや、俺の言い方が悪かったな。お前、絶対来いよ! お前のことだから断るだろ。今どこだ? 迎えに行くからさ!』 瑛太の言葉に遮られる。こうなってしまうと瑛太は折れないと俺は知っている。もちろん、断ったところで自分が困るのも目に見えていた。 「……わかったよ。警察署の前だけど、今から移動する。少し一人で歩きたいんだ」 電話越しに聞こえた、『あぁ』という言葉は元気な声をしていた。 『あ、これだけ言っとく。死のうとか絶対考えるんじゃないぞ?もしそんなこと考えるんなら、犯人捕まってからな?ま、俺もそっち方向に歩くわ。後で会おうぜ』 「あぁ」 そんな言葉で電話は切れた。 「死にたい」と、俺は思っているのだろうか? 確かに、母さんや弘樹に会いたいが、少なくとも今はそう思っていない。むしろ、どちらかと言えば、犯人を「殺したい」という気持ちの方が強い。 けど、その意思すら空っぽのように感じてしまい、ただただ自分が虚無の中にいるのだとわかる。 今から、死亡診断書もらったり、こじんまりとでいいから葬儀の準備もして、母さんは死んでも実家の墓には入りたくないって言ってたから……。 俺は、これからしなければならないことに考えを巡らす。 からっ風が街路樹の葉を揺らした。 俺は、少しずつ少しずつ遊歩道を歩き始めた。
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