大魔女リグレア

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「ねぇ、お母さん」 小さな少女は椅子に座って絵本を読み聞かせる母親の膝の上に頭を乗せながら、不思議そうに首をかしげて声をあげた。石造りの家の小窓からは春告げの小鳥の鳴き声が聞こえ、そして麗らかな風が入り込んで2人の髪を揺らした。 「なぁに」 母親は絵本を閉じると少女の頭をソッと撫でる。 「じゃあ、リグレアは死んでしまったの?」 「ええ、そうよ」 もう何千年も前のことだけど、と母親は付けくわえて柔らかく微笑む。 大魔女リグレアは数千年前に死んだ。英雄のセイン・アストライトと共に。そしてその日を境に、この世から魔力そのものが消失したのだ。母親とて、本当の魔法など見たことがないし、扱える人間など見たこともない。数千年前に魔法は滅び、以来、人々は伝説としてその史実を言い伝えているのである。 「そっかぁ…」 少女は頷くと、母親に抱きついた。 「……ねぇねぇ、お母さん」 「なぁに」 無邪気で可愛らしい我が子の髪を梳いてあげる。 今年で8歳になる娘はまだまだ甘えん坊で、でもそれがとても愛おしい。明るくて可愛い、自慢の娘だ。この子が将来どんな女の子になるのか、母親は今から楽しみだった。漆黒の、美しい黒髪。きっと将来は美人さんになるわね、なんて、母親はクスリと笑う。 「わたしね、まだ、まだ、まだ、全然、許していないの、この世界を」 「え?」 少女は独り言のように何事か呟くと、顔をあげて無邪気に笑った。 赤い瞳が真っ直ぐにこちらを見上げている。 「セインは勘違いをしていたけど、わたし、この世界が、そのものが、嫌いなの」 「アン、ナ?」 娘の様子がおかしいことに気付いた母親は椅子から立ちあがった。それに伴って、持っていた絵本が床に落ちる。―…この子は、娘?そう、わたしの娘、のはずよ、美しい黒髪の…。でも、でも。でもあの子の瞳の色は赤色ではなかったはずよ。わたしと同じ、緑の瞳をしていたはず。じゃあ、目の前にいるこの少女は? 「オカアサン、何を、驚いているの?」 恐怖で酷く青ざめた様子の母親に笑いかける少女。少女は床の上に転がる絵本の表紙を見ながら、また独り言のように続けた。 「あの人は、そう、単なるきっかけだっただけ。わたし、この世界が大嫌いなの、だから壊したいの、滅ぼしたいの、憎いの、だから」 一呼吸置いて、少女は口の端を釣り上げて恐ろしいほどに美しい笑みを浮かべた。 「だからね、わたし、また、戻ってきたわ」 わたしは絶対に許さないの。この世界を。 足元の血だまりを見ながら少女は嬉しそうに手を叩いて笑う。 石造りの家の小窓からは、春告げの小鳥の鳴き声が聞こえる。春の麗らかな風が舞い込んで、少女の黒髪を揺らす。返り血を浴びた少女は小窓から差し込む日差しに目を細め、クルリと、まるで踊るように回転した。 ふふふふ、さぁ、始めましょう、終焉を。 ふふふふ、さぁ、始めましょう、宴を。 ふふふふ、さぁ、逃げまどいなさい、人間。 「大魔女リグレアは、ここにるわ!」 END
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