第十話 わたしたちのしあわせ

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 引越し先が決まると、とんとん拍子で準備が進んでいった。  二間後の引っ越しに備え、辰美は美夜を誘ってインテリアショップを見に行った。  ほとんどの家具を買い換えるつもりだからかなりの出費だが、心機一転という意味も込めて、今までとは違うイメージのものを揃えたかった。  しかしインテリアなんてほとんど自分で買ったことがないため、センスがないものを選んでしまうかもしれない。だから美夜について来てもらった。  というのは口実で、なんでもいいから会う理由が欲しかっただけだが────。  日曜だからか店内にはそこそこ人がいる。ぐるりと店内を歩いたが、何を選べばいいか意外と迷った。自分の好きなものを選んでもいいからだろうか。 「辰美さん、可愛いのが好きなんですか?」  ソファを眺めている辰美を見つめ、美夜は意外そうに言った。  今見ているのは深い青色の合皮のソファだ。デザインはクラシカルな感じで、今部屋に置いている家具とはかなり印象が違う。 「ああ、こういうの好きなんだ。部屋を白くして、家具に色味のあるものをおこうかと思ってる」 「へえ、素敵ですね」 「美夜さんはどんなのがいいんだ?」 「私ですか? うーん、私も今使ってるのはほとんど白い家具なので……でも、センスないし真っ白にしちゃうかもです」 「真っ白か。それもいいな」 「えっ駄目ですよ。辰美さんの部屋なんですから辰美さんが好きなものを買ってください」 「じゃあ、君は来ない?」 「それは……そんなことないです、けど」  恥ずかしそうに俯く彼女も可愛い。なんて面と向かっては言えないので、辰美はただ微笑んだ。  四十代にもなって付き合いたての初々しいカップルのように感じるなんておかしいだろうか。  家具を選ぶのは思いのほか楽しかった。休憩を挟みながらのんびり選んで、ベッド以外の家具を一通り買った。  だが、あとは問題のベッドだ。今あるものは粗大ゴミに出す。本体もマットレスもまったく新しいものを買い換えるが、以前使っていたダブルサイズでは大きすぎるため、せいぜいセミダブルぐらいまでにしようと考えていた。  辰美は気になるベッドを行き来しながら唸った。一番買い替えたかったベッドだけに、なかなか決められない。 「すまない。疲れただろう」  ベッドを眺めてはや十分ほど経っただろうか。美夜も隣で眺めているが、他人の買い物に付き合わされるのはしんどいはずだ。 「いえ、大丈夫ですよ。ゆっくり選んでください」 「ベッドはまた今度買うよ。寝れないわけじゃないんだし」 「駄目ですよ。何ヶ月もソファで寝てるのに。体壊しちゃいますよ」 「大丈夫だよ。もう慣れてきたから」  遠慮してそう言うと、美夜はムッと顔をしかめた。 「じゃあ、私はどこで寝たらいいんですか?  すでにベッドコーナーから背を向けかけた足が止まる。  辰美は驚いて振り返った。 「……どういう意味か分かってるのか?」 「分かって、ます」  拗ねた瞳が恥ずかしそうに横へ逃げる。どうやら、嘘ではないらしい。  美夜とは付き合ったばかりで、まだの状態だ。キスをしたこともなければ、手も繋いだこともない。そして、それ以上のことも。  付き合っていれば普通のことだが、辰美はまだためらいがあった。それは、自分と美夜の歳が離れているからだ。  気にしないと決めたが、それでもやはりこの年齢で容易に手を出すと良心が引き留める。体目的で付き合ったわけではない。そこのところは、きっちり示しておいた方がいいと思った。  しかし、美夜の方が一歩も二歩も先に進んでいたようだ。若いからだろうか。行動が早く、ためらいがない。自分の体だからもっと大事にして欲しいと思うが、真面目な彼女が感情だけに流されて決断はしないだろう。 「……あんまり歳上をからかわないで欲しいな。俺も男なんだ」 「もう、辰美さんはいつも私を子供扱いして」 「逆だよ。大人の女性だと思ってるから、迂闊なことができないんだ」  美夜といると落ち着くが、余計なことも考える。  その細い肩が振り返る時、真っ直ぐな瞳を向けられた時、名前を呼ばれた時。絶えず冷静な自分を残しておかないと、若い時のように衝動で動いてしまいかねない。 「……でも子供扱いされてるような気がします」  相変わらず口を尖らせ、美夜は拗ねる。そういうところがあどけない。もちろん、いい意味でだ。 「じゃあ、引っ越し手伝ってくれるか?」 「え? はい。もちろんですけど……」 「泊まりで」  付け足すように言うと、美夜は数秒置いた後、えっ!? と声を上げた。我ながら思い切ったことを言ったなあと感心する。  半分ぐらいは本気だ。だが、拒否されることも考えていた。  それに、自分がうまく対応できるか分からなかった。雪美と別れて以来ベッドルームに近づかず、もはやそれは嫌な記憶と結びつく最悪の物体と化している。  ものを買い替えても思い出すものは思い出す。だが、今は美夜がいる、だから、きっと大丈夫のはずだ。 「……お役に立てるか、分かりませんが」  返事を聞いて、辰美は笑った。初めて美夜の手を握って、そばにいた店員を呼び止めた。
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