第十一話 嵐の予感

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 ようやく月末の土曜になった。辰美は仕事終わらせると有野と一緒に職場を出た。  ウェブからの予約のためチケットはない。美夜には事前に伝えてあるため、席は確保してある。 「はあ、ライブなんて何年ぶりでしょう。すっごく楽しみです」 「君もよく行ってたのか?」 「そりゃあもう。大学生の頃とかバイト代つぎ込んでましたから。課長はバンドとか聞かないですか?」 「そうだな、そういうのはあまり聞いたことがないな……」 「課長、大人っぽくて落ち着いてますもんね。ピアノ聴くようになったって聞いた時はなんか納得しちゃいました」  有野はそう言うが、以前はピアノなど興味なかった。一人暮らしの頃は好きなアーティストもいたが、結婚してからは聴く機会も無くなった。  離婚と美夜と出会ったことが重ならなければ、音楽と縁のない生活を送っていたかもしれない。  ライブ会場はすでに開いていた。辰美は地下への階段を降りて、受付で名前を告げた。フライヤーの束をもらい、中へ入る。有野はそれを見てなんだか懐かしがっていた。ひょっとしたら彼女の方が詳しいかもしれない。  今日のライブハウスはいつもと同じぐらいの大きさだ。置かれている椅子の間隔はゆったりめで、座っている人もまばら。それでも、いつもと同じぐらい人が入っている。  辰美がどの席に座ろうか辺りを見回していると周囲にいる男性客から視線を浴びた。ストリートやライブに行くようになってから、いつも来るファンの顔はなんとなく覚えた。彼らは美夜のことが好きなのだろうか。 「日向課長、もしかして常連さんなんですか?」 「いや、常連ってほどじゃ……俺は新参者だよ」 「課長みたいな人少ないから、目立ちますね」  有野は小声で耳打ちした。  周りにいる客は仕事帰りのサラリーマンもいるし、私服を着ている男性もいる。見ただけでは職業が掴めない。目立っているとは思わないが、見られているような気はする。  だが、今日は有野を連れて来ているから、疑われることはないだろう。
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