第十一話 嵐の予感

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 席に着いて少しして、開演時間になった。ステージの袖から『MIYA』が出てくる。  いつも着ている黒いワンピース。長い髪はアップにして、少し大人っぽい。よく知っているはずの姿なのに、知らない人のように思える。  やがて短い挨拶の後、演奏が始まった。アップテンポな曲から始まり、途中落ち着いた曲も挟みながら、時々トークも交えて。  ライブは久しぶりだが、やはりMIYAの演奏は素敵だった。聞いていて穏やかな気持ちになれる。有野も気に入ったのか、真剣な様子で眺めていた。  演奏が終わったのは九時前だ。演奏が終わり、MIYAがお辞儀して退出するとファンはぞろぞろと立ち上がって物販に並び始めた。 「素敵なピアノでしたね。課長が好きになったのも納得です」  ライトの残るステージを見つめながら有野は微笑んだ。 「そうか。気に入ってくれてよかったよ」 「課長は物販どうします?」 「そうだな。せっかく来たし、挨拶ぐらいはして帰ろうかな」  辰美と有野は二人で物販に並んだ。そこそこ人が並んでいたが、喋っている間に順番は回ってきた。  やっとMIYAの前に着くと、MIYAはにっこり笑ってお辞儀をした。 「こんばんは。今日は聞きに来てくださってありがとうございます」  いつも通り、ファンの一人という設定の会話だ。辰美もそれに乗っかった。 「今日の演奏もとても素晴らしかったです。今日は部下も連れて来ました」  辰美は横にいる有野をちらりと見つめた。有野はMIYAにお辞儀をした。 「こんにちは。あの、とっても素敵な演奏でした。あれ、全部ご自身で作曲されたんですか? すごいですね」 「はい。勿論です」 「日向課長から色々話を聞いてたのでどんな人なんだろうと思っていたんですけど……お若くてびっくりしました。あの、CDいただいてもいいですか?」 「ありがとうございます」  CDを買うなんて有野も気に入ったのだろうか。それとも物販に並んだから気を遣ってくれたのだろうか。  MIYAはCDにサインをした後、もう一度お辞儀をした。 「また是非聞きにいらしてください」 「はい。また課長と一緒に来ますね」  まだ次に並んでいるファンがいたため、辰美は挨拶もそこそこに物販の列を離れた。ライブ会場の地下から出て、一旦駅前に戻る。有野はすっかりご満悦の様子だ。 「有野くん。今日は付き合ってくれてありがとう」 「いえいえ、こちらこそ誘ってもらえて嬉しかったです。あの、課長。もしよかったら晩御飯も一緒にどうですか?」 「そうだな……」  ────ここまで着いて来てもらったし、行くべきだろう。  興味があると聞いていたとはいえ、誘ったのは自分だ。このまま放置するのは良くない。 「じゃあ、ここら辺で食べて帰ろうか」 「はい!」  美夜には後で連絡を入れよう。恐らく会場を出るまでまだ時間がかかるはずだから。  辰美はそのあたりにあった店に適当に入り、有野と食事をした。美夜からメッセージが届いたのはその少し後だったが、それに気付いたのは家に帰ってからだった。
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