患者の私

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「もういいんです先生」 その言葉に先生が口を尖らす ――――いつもの癖だ 思わずクスリと笑ってしまう 「でも、まだ希望はあるんですよ?」 先生の口が開く。 ひねり出したのだろう。ようやく出したその言葉はなんとか私を止めようとする優しさを感じさせた。 「いえ、もう辛いのは嫌なんです」 「それは…」 「それに、もうやりきったんです」 そう私はやりきった。 友達とは遊びきった。 恋もした そして夫も… 親は死んでしまったけど 子供は成人した 「…そう…ですか」 ――ごめんなさい そう言って少し笑う 「謝らないでくださいよ。私があなたを助けられなかったんです。私が…」 手を握って首を振る 謝らないでほしい 私の覚悟が緩んでしまうから 私の決意が緩んでしまうから もう私は39歳だ。 若い世代に託すべきなんだ。 「…娘とは」 「よくやっています」 「食い気味ですね」 先生は頭をかいた そうそれ 初めて挨拶に来たときもそうだった やけに緊張しながら すこし照れながら 娘さんをください  って よかった あのときの感動はなかなか超えるものはない 私は19で子供を生んだ やっぱり無茶だった いまでは夫との笑い話だが当時は本当にどうしようと悩んだ それこそ孤児院に預けようとか… 「ねえ先生、いや、お婿さん。娘には慌てないでって言ってください」 「…わかりました」 なんでこの子は泣いてるのよ 私の子供でもないのに… 私まで……やめてよ…… 「…自宅でいいですか?」 「ええ最後は家族で…みんなで寝たいです」 「そうですか…」 ――わかりました そう言って先生は書類に判を押した ❉❊❉ 「お休み。お母さん」
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