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何やら真剣な顔をしていたかと思えば再び俺の顔に手を伸ばしてきた。長い指が顎を捉え、下唇をなぞる様に動いた親指がある一点で止まる。
「お前のコレが見えないのはちょっと勿体無いな」
「⋯⋯はぁ?」
はて、『コレ』が指すものとは、と少し考えて、思い当たるのは自身の口の左下に存在する小さな黒い点。黒子だ。⋯⋯前原は俺の口元の黒子が好きなのか?俺にカミングアウトしてなかっただけで実は黒子フェチだったとか?
話が見えずにぼけっとしていた俺も悪かったのかもしれない。⋯⋯いや、やっぱり俺は断じて悪くない。悪いのは前原、お前だ。
「っんぐ!?」
疑問符を浮かべたまま薄く開いていた口の中に突然異物を突っ込まれる──なんて、誰が予想できた?
「っ、おい、ひゃめお」
異物は言わずもがな前原の指で。咄嗟に口を閉じて追い出そうとしたけれど、3本も押し込まれちゃどうしようもない。急速に溜まっていく唾液を何とか嚥下するので精一杯。
「っん、ん」
口ちっさ(笑)と小馬鹿にしてくる目の前の理解不能な男の腕を掴んだところで、上顎を人差し指で撫でられて力が抜けた。引き抜かんと動かした手が逆に腕に縋り付く形になってしまい誠に遺憾。そのまま残りの2本指で舌を掴まれて、引っ張られた勢いのまま「あぇ、」と間抜けな声が漏れた。
苦しさに歪み潤んだ視界に映る前原を思い切り睨め付けると、ぱちりと瞬きした男は何故か急に苦々しげな表情に変わった。その顔したいのはこっちの方だバカ。
手を抜き取ったかと思えばすぐにマスクをこちらに投げて寄越し、何事も無かったかのように立ち上がる通り魔ヤローの腕を掴む。行かせねえよ。あでもちょっと待って息整えるからゼェゼェ。
「⋯⋯っけほ、はぁ⋯⋯何なんだよ急に」
「⋯⋯何が」
「何が!?」
歩き出しはしないものの目を明後日の方向に逸らす前原。誤魔化し方下手くそか。
「お前都合悪い事あるとすぐ記憶喪失になるのやめろよな」
「此処は誰俺は何処」
「逆だよ逆!どんな思考回路してたら人の口に指突っ込むんだよ」
「⋯⋯そこに口があったから?」
「お前は登山家か?」
「別に良いだろ減るもんじゃねぇし」
「いいや減ったね。俺の中の何かが確実に減った!」
「あーはいはいごめんな許して食堂行こうぜ」
何か俺が駄々こねてるみたいな雰囲気になってるの何!?解せぬ。
「もう怒ったかんな、許さないかんな!」
「は◯もとかーんな?⋯⋯なぁ、昼飯奢ってやるから」
「⋯⋯」
「食後にチョコレートパフェも付けてやるよ」
「⋯⋯ミルクティーも」
「了解」
お前まじで食堂のシェフに感謝しろよ。
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